第5回コンクール 優良作品


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くいんつ「たましいの行方」(内澤旬子『世界屠畜紀行』)


 「動物を(実験や畜産のために)殺す事にに罪悪感はないんですか?」という問いに、「じゃあアナタはお肉食べないんですか?」と心の中で返す。
 大学、仕事共に畜産に携わってきた私は、時には動物実験や解剖、解体を行なってきた。そしてその環境に馴染みのない人達と幾度となくこのやりとりを繰り返してきた。

 冒頭の質問に答えるとすれば「YES」だ。正直、絶命する瞬間に恐怖心はある。
 しかし、解剖や食べるための解体をしている時にはそれはなくなり、ただただ体の仕組みがどうなっているかや、如何にして美味しい部位を多く残すかに興味がうつっている。そして残虐な意味ではなくその作業を素直に楽しいと感じている。

 「まあでも、こういう感覚は一般的ではないんだろうな」と自分の感覚に対する理解を得るのを諦めかけていた時、可愛いブタのイラストと目があった。表紙は暖色系でまとまっており、パラパラとページをめくると、どこかほのぼのとした感じの手描きの図解が目にとまる。なんとも親近感の湧くその本は、世間的な「屠畜」の印象とは対照的な明るいパワーを放っていた。
 私は、ようやくこのモヤモヤした気持ちを分かり合える予感がしてとても嬉しかった。

 本書では著者が世界の屠畜に対する多種多様な見解、また屠畜現場の様子を取材している。その中でも驚いたのが、子供にも家畜が絶命する瞬間を見せる国があるという事だ。子供は初めは怖がることもあるが、それを見る事によって「生きていたものの命を奪って食べる」という事を学ぶ。
 また、モンゴルでは家畜をとても大切に扱う。ペットの様に可愛がり、その日がくればお肉にして食べる。私は初め、それを「せめてもの優しさ」からなのだと思っていた。しかし、そうではない。先に「命をいただく」という敬意があるのだ。だから、「大切しよう」ではなく「自然と大切にする」のだ。

 ここで「肉を食べるのに、屠畜をかわいそうだと思う」理由が一つわかった。それは「絶命する瞬間」に一番注目しているからなのだ。だから絶命する瞬間を知らないスーパーのお肉を食べるのに何も躊躇しない。
 かく言う私も本書を読み終えて反省する事がある。私には動物に対する慈しみや敬意が足りていなかったと思う。日々の生活の中で、本当に動物の死に慣れてしまっていた部分はある。実験でも屠畜でも、他の命を奪って生きている事を理屈ではわかっていたつもりだったが、本書を読んで初めてその意味を自分の頭で考えた。

 しかし、「動物の命を奪って可哀想だと思わなければならない」ということではないと思う。他の命を奪い、自らの身体に取り込んで生きている、それを知っている事で思考や行動は変わっていくからだ。自分の行動次第で、犠牲になった命の意味は大きくも小さくもなるはずだ。
 これが、本書を通して得た私なりの結論である。そして冒頭の質問に対する新しい返事でもある。

 私の中にたくさんの命が蓄積している。そしてそのたましい達の行方は私の未来と同じである。そう考えると、なんだかとても愛おしく心強い。
 明日からはきっともっと強い選択が出来るだろう。

(1282字)(25歳、女性)


 ●使用図書


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