第9回コンクール特別賞作品


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大河増駆『エコ読書』(川端康成『雪国』)


 最近、夏がとにかく暑い。

 私は七月生まれだから夏の暑さには強いのだと言い続けてきたが、そんな強がっている心が折れてしまいそうになるくらいの暑さだ。
 「私が小さいころは、こんなに暑かったかな」と何度も思ってしまう。やっぱり地球温暖化のせいか。

 昨年、四十年間使い続けてきた扇風機が、「ガタ、ガタ……」と揺れだし、「ボッ!」という音とともに動かなくなった。
 扇風機だって動きを止めたくなる暑さだ。結局、今まで辛抱してきたクーラーを積極的に使うようになってきた。

 最近、犬を飼うようになったので、私たち夫婦がいないときは、犬が家の中で留守番をしている。お犬様が猛暑で死んでしまってはいけないので、一日中クーラーをつけるようになった。
 一ヶ月の電気代が五桁になったときには暑さが恨めしく思えてきた。

 そんな暑さに対して、私はささやかな抵抗を続けている。

 高校一年生の夏休みに、文学青年を気取っていた私は川端康成の『雪国』を手にした。
 ノーベル文学賞をとった作家の代表作なのだから、かなり期待して読み出した。勢い込んで読み始めたのだが、当時まだまだ子どもだった私には、主人公の島村を中心とした男女四名の織りなす恋愛模様の機微に思いがいたらなかった。

 しかし、『雪国』は私の体に猛烈な「冷たい」という感覚を残していった。

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」 有名な冒頭文であるが、私の記憶に刻み込まれているのは次の二文目である。
 「夜の底が白くなった」

 私は長い間この文章の意味を考え続けた。
 夜に底はあるのか。
 意味がわからないからこそ、底知れない冷たさを感じるのだ。

 川端康成は会話分を多用しているが、そこから寒々しい雪国の風景を立ち上がらせている。

 「でも二日降れば、すぐ六尺は積もるわ。それが続くと、あの電信柱の電灯が雪の中になってしまうわ。あんたのことなんか考えて歩いてたら、電線に首をひっかけてけがするわ」
 電線に首をひっかけるとはまるでホラーだ、背筋が凍りつく。

 「この先の中学校ではね、大雪の朝は、寄宿舎の二階の窓から、裸で雪へ飛び込むんですって。からだが雪の中へすぽっと沈んでしまって見えなくなるの。そうして水泳みたいに、雪の底を泳ぎ歩くんですって……」
 裸で雪の底を泳いで歩く、そんな光景を思い浮かべると、さぶいぼ(鳥肌)が立つ。

 その名文は私の体を凍らすようになった。

 それから私は毎年夏になると『雪国』を読むようになったが、読むたびに発見があるのだ。
 二百ページにも満たない短い小説なので一日で読み終わるのだが、その間はクーラーはいらない。

 読み始めて十年経ったころ、さすがに飽きてきたので新田次郎の『八甲田山 死の彷徨』や井上靖の『氷壁』、三浦綾子の『氷点』など、冷たそうなものは片端から読んでみたのだが、『雪国』の体験に匹敵するものは見つからなかった。
 『雪国』は唯一無二の存在なのである。

 結婚し、子どもが二人いる身になったが、主人公である作家島村の心情は相変わらず共感できるところが少ない。
 しかし、最近少しずつわかってきたような気がする。『雪国』には死があふれているということ…。そこには登場人物の死だけでなく、川端自身の死の予感もふくまれている。川端は、人が日々死に近づいているという寒々しい感覚を一文一文に織り込んだのだろう。

 そんなことをあれこれ考えながら、地球温暖化が進む来年の夏にも、私は『雪国』をきっと手にするのだろう。

(1,412字)(53歳、男性、滋賀県)


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