第11回コンクール優良賞作品


-Sponsered Link-


misaki「京都にあるもう一つの世界」(森見登美彦『有頂天家族』)


 舞台は、人間と狸と天狗が住む現代の京都市!
 私はこの物語を、実話として読んでいる。

 『有頂天家族』は、面白いことが大好きな狸の〈矢三郎〉が、人間や天狗や狸の問題に首を突っ込み、事件に巻き込まれていくという物語。
 一般的な人間は京都市に狸や天狗の社会があるなんて知る由もないが、狸は化けて人間の世界に紛れているし、美酒〈偽電気ブラン〉は狸の世界から流れてきているのである。

 この物語を読んだとき、私はちょうど京都市に住んでいた。
 20代半ば、お金もなく将来も不安で、せっかく京都に住んでいても、どこかへ観光に行くわけでもなく、目の前のやるべきことしか目に入っていなかった。つまり、何の楽しみもなく、ただ淡々と過ごしていた。
 そんな時に読んだ『有頂天家族』。そこには私が普段見ている京都市が描かれていた。

 「四条河原町高島屋前で弾き語りをしている若者も、忘年会に出かけてきた大学生たちも、ことごとくがビルの谷間を吹きすさぶ暴風に薙ぎ倒される」
 四条河原町という交差点の角に建っている高島屋の前で、若者が弾き語りをしている風景はよく目にしている。私のよく目にしている風景が、天狗の扇子の力によって薙ぎ倒されているのである。
 また、寺町商店街という車一台通れる程度のよく知る商店街がある。そこに、〈矢三郎〉の兄〈矢二郎〉が2両編成の列車、叡山電車に化けて、北から南へ駆け抜けているのである。
 「あまりの速さに強い風が次兄の背後で生まれるらしい、『鳩居堂』から吸い出された美しい扇や便箋がアーケードの中を吹き上げられて舞っているのが見えた」
 寺町商店街にある鳩居堂というお香・文具屋さんももちろん知っている。外観から漂うあの威厳ある鳩居堂が、そんな大変なことになっていたなんて…。
 そのほかにも、下鴨神社や糺の森などの有名な場所はもちろんのこと、御幸町通や高倉通などマイナーな通りも登場し、さらに天狗の〈赤玉先生〉が大好きな赤玉ポートワインもスーパーへ行けば売っている。
 『有頂天家族』の世界はすべて現実にあり、私の生活の中にあった。

 この小説を読んでから、私の世界は変わった。
 今まで道を歩いていても目的地しか見ていなかったが、天狗が飛んでいないかと上を見ると小さなビルの屋上に赤い鳥居が立っていたり、狸はまぎれていないかと店に入ると奥に細い路地があったり、新しい発見が次々と出てくる。京都はなんて面白い街なんだ。
 発見したのはたかが小さなビルの上の鳥居。ほんの些細なことだ。だけど私の眼には、「ビルの上に鳥居、なんて趣のある景色なんだ。きっと天狗の〈弁天〉もあそこにいたことがあるんだろうな!」という風に映る。

 私は子どもだった時を思い出した。
 私は小学6年生まで、本気でサンタクロースを信じていた。25日の朝、枕元に置かれているプレゼントももちろん楽しみなのだけど、それ以上に、「サンタさんは今どの辺を飛んでいるんだろう!」と想像する24日の夜がとても楽しかった。あわよくば、24日の夜中、私だけを連れだしてサンタさんと不思議な体験をさせてくれないかな…と、精神年齢幼めな妄想を毎年ふくらましていた。
 今思えば完全に絵本や児童書の読みすぎなのだけど、大人である現時点で、私はあの時以上に楽しいクリスマスをしらない。

 そして20代半ばになり読んだ、『有頂天家族』。私は小学生の時の感覚を思い出した。
 京都市では一般の人間が知らないところで、狸や天狗の世界がある。なんと、六角堂にある〈へそ石〉も辛抱強い狸が化けている姿なのだそうだ! それはもう、小学生の時に信じたサンタクロースに匹敵するわくわくだ。

 普通の人は「いやフィクションやん」と苦笑いするが、私は現実にある話として読み込んでいる。
 大切なのは、信じる心なのだ。信じていた方が面白く過ごせるのだからそれでいい。
 〈矢三郎〉もいつも言っているではないか。
 「面白きことは良きことなり!」

(1,596字)(30歳、女性、大阪府)
twitterアカウント : @misaki57754655


 ●使用図書


※掲載作文の著作権は当コンクール主催者にあります。無断での転用・転載を禁じます。<


-Sponsered Link-