第11回コンクール優良賞作品


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ひとひら「ぼんぼりの灯りのように残っている。」(石川直樹『この地球を受け継ぐ者へ』)


 旅に興味がない、いわゆるインドア派。
 体力もない、何より運動が苦手だ。
 日記を読むのは好きで、自分とは全く違う人達は何を感じ、何を考え生きているのだろう? と思って手に取ったこの本は、青春そのものだった。

 2000年、北極から南極までをスキーや自転車で縦断する「Pole to Pole」というプロジェクトに参加した著者の日々の記録。
 私から見ると、こんなとんでもないプロジェクトに参加する人たちは宇宙人か?と思う。

 当時19歳~26歳までの運動神経のいい若い8人が10カ月もの間、地球半周の長く濃い旅を共にする。
 起床、オートーミール、排気ガスと暑さと自転車、ピギーという名のキャンピングカーと虫と汗の匂い、自炊、寝袋、星空、プレゼン、ミーティング、好き嫌いセッション…。1日1日と読み進めるうちに宇宙人たちが人間になっていく。
 呼吸し、みなぎる肉体が動き、健やかな名前を持って目の前に現れ、彼らを知っているつもりになる。変わっていく周りの風景や街よりも、生活臭のようなものが強烈に肌に伝わってくる。
 まるで焚火のようだ。火に直接触れることはできないけれど、体を暖めることはできる。炎を見つめることができる。

 彼らは今、目の前のその瞬間を生きている。目の前のことに心を置くこと、意識を向けること。この日記を読んでいるとその大切さを問われている気がした。

 ジェイへ
 このプロジェクトに参加してくれてありがとう。

 ディランへ
 また外で寝ていますか? ホッキョクグマから身を守ってくれてありがとう。

 メルセデスへ
 まだ26歳なのにチームのお姉さんでいてくれてありがとう。

 ジェシカへ
 格闘技ができるなんてカッコいい、笑顔と情熱をありがとう。

 レノへ
 プロジェクトを進めるための大事な仕事をしてくれてありがとう。

 デブリンへ
 車の整備や自転車の修理をありがとう。

 ハイジへ
 蝶の亡骸やときめく小石を拾ってきてくれてありがとう。

 マーティンへ
 果てしない旅の実現をありがとう。

 石川さんへ
 旅の空の下、日記を書いてくれてありがとう。

 2000年、北極から南極まで旅している人達がいることなど知る由もなかった。なぜなら、その頃の私は自分を責めてばかりいて、何も感じないように生きていたから。反応しないことが自分を守る術だった。
 私にとって「旅」というものを考えた時、この世に生まれて来たのが旅だ。その旅がずっと嫌いだった。この地球に存在しない方がいいと思っていた。

 紆余曲折を経て、その旅を、つまり自分の人生をようやく受け入れた頃、10代から30代前半まで付けていた日記をすべて捨てた。月曜日と金曜日のゴミの日に。
 気持ちがスッキリした。とても軽くなって赤ちゃんに戻った気がした。0地点。
 そして、赤ちゃんに戻った自然の私はこの本をのびのびと楽しむことができた。肌感覚の驚きに満ちていた。たっぷりと感情を味わうことができた。

 自分の自然を知ることはこの地球を知ることだ。
 心星を見つめて旅することは自分を見つめることだ。
 テントで雪の中で街で砂漠で荒野で船上で車の上で、家で。

 自分に気付いていくツールが旅だとも思っている。それが北極でも仕事でも子育てでも病院でも、ひとりひとりの日常にある。日常の中に自分が紛れて気付かないのはそこに意識がないからだ。

 何日もかけてこの日記を読んだ。読書をした、という醍醐味で豊かになる。
 「ポール・トゥ・ポール2000」の旅の記録は、なぜか家庭の匂いがする。

 私の中でそのうちパラパラと出来事や内容を忘れてしまうだろう。でも本を通して共有した時間の地図がやがて埋火になり、遠くのぼんぼりの灯りのように残っている。

 24歳の私へ
 私が成長するのにあなたの経験がすべて必要でした。生きてくれてありがとう。

(1,518字)(45歳、女性、三重県)


 ●使用図書


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