第12回コンクール優良賞作品


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山藤寛司「モモが教えてくれた時間について」(ミヒャエル・エンデ『モモ』)


 「時間が足りない」と感じるようになったのはいつからだろうか?

 子どもの頃は「暇だなぁ」と口に出してたことが多かった。
 口に出していたのは私だけでなく、周囲の同級生も同様に暇を持て余していた記憶がある。暇を持て余した子どもが集まってお金を使うでもなく、健康な体とアイデアだけで日が暮れるまで毎日飽きもせず遊んでいたものだ。たまに少ないお小遣いで駄菓子屋に行き、安い菓子とジュースを片手にいつまでも喋り笑い合っていた。

 その同級生と大人になった今も遊ぶことはある。変わったのは持っていたジュースがお酒に変わり、弄んでいた駄菓子が煙草に変わったこと。そして集まるのは仕事終わりか休日の夜に居酒屋、と集まる時間と場所が特定化されたこと。
 暇だと口々に話していた子どもは口を揃えて「忙しい」「もうこんな時間か」「休みは早いなぁ」と時間に追われている。子どもの頃は無限に感じられた時間も、今では矢のように過ぎるように変化した。

 一番大きな変化はここではないか? そう感じていた27歳の夏、私は本書『モモ』に出会った。
 子どもから見ればSF要素のある空想物語。児童文学として扱われているだけあり、物語の中には子どもの成長に役立つ要素が盛り込まれている。大きく分けて「人の話を聞くこと」「地道に仕事をすること」「夢を持つこと」の3点。これらの3要素が主人公モモを含めた仲良し3人組の性格から子ども達に伝えられている点が、児童文学ならではの奥床しさと魅力でもある。
 児童文学としても物語としても面白いと感じて読み進めていくと、本書の最大の議題に気づいた。それは近年私が足りないと感じていた「時間」だった。

 本書では子ども達はお金も何もない状況でも、空想力とあり余った時間を使って日常を楽しんでいる。一方、大人たちは物語で登場する「時間泥棒」にそそのかされ、時間を節約して効率的にお金を稼ぐことに勤しむことになる。
 時間も名誉も気にせず仕事の楽しさだけを求めて働いていた大人たちは貧しくも思いやりがあり、笑顔で日常を謳歌していた。しかし子どもと違って大人は楽しい日常の中で誰しもが思う。「自分の人生はこのままでいいのか?」
 大人は自分の人生が終わることを考えるようになり、現状の生活に疑問を抱くことがある。現実にも、私も友人も転職や結婚、恋人との別れなど人生の節目での選択をおこなってきた。選択の始まりはいつも「このままでいいのか?」と刹那に思ってしまう素朴な疑問。今でも楽しい、しかしもっといけるはず、と可能性を追い求めてしまう、贅沢な時代に何不自由ないこの国に生まれ落ちた私達が貪欲に追い求めてしまう向上心。選択肢の多さが生み出す業だろう。
 本書でも大人たちの刹那に湧き上がった疑問に対して時間泥棒はつけ込んで、時間を節約することで人生を豊かにして成功できる方法を教える。効率化だけを求めて他を犠牲にすることで大人たちは富を築き、人生の成功を味わうことになる。しかし、成功を収めた大人たちは皆不機嫌に忙しく動き回り、機械的に仕事をこなすだけになってしまう。

 笑顔と余裕を支払って富と名声を得た先に何を見るのだろうか? 富と名声を得たことのない私にはわからないが、笑顔と余裕を失うくらいなら得るべきものとは私には思えない。
 人生の成功とは、死ぬ時にいい人生だったと笑えることではないだろうか? 走馬灯があるとして過る記憶の断片は出世した日や高級車を買った日とは思えない。私が走馬灯で過ぎって欲しい記憶は、友達と缶ビールを片手に公園で馬鹿笑いしながら語り合った日であり、恋人と何気なく歩いた夕暮れの帰り道なのだ。
 時間泥棒が「無駄な時間」と定義づけた時間こそ、私が大切にしたい時間だった。自分では叶うはずの無い夢を追っている時間は楽しい。しかし、自分が叶えられないはずの夢を叶えてしまった後に残る空虚さが物語で描かれている。

 幸いにも、私には人生でやりたいことがまだまだ尽きないが、このやりたいことが尽きた先に何を見出すのかはわからない。しかし、現在の私はお金が尽きることや食料が尽きることより、やりたいことが尽きることのほうがよっぽど「死」に近づくように感じる。心臓は鼓動していながら空虚な存在となった私を、現在の私は自分だと知覚できないように思える。その空虚な存在より、お金は無いがやりたいことを追い求めている現在のほうが生きていると感じる瞬間が多いはずだから。私はやりたいことの尽きない人生がいいと思う。
 あぁ、そう考えたら時間は、やはりまだまだ足りない。しかしそれでもいいのではないか? 大人になれば時間が足りないと感じる。それでも笑顔を失う効率化された人生より、無駄ばかりの楽しい人生を生きていきたい。

 本書は私に大切なことを教えてくれた。時間を追い求めてはいけない。限られた時間に、精一杯楽しい無駄を詰め込んでいこう。

(1,984字)(27歳、男性、大阪府)


 ●使用図書


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