第12回コンクール優良賞作品


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大河増駆「コロナ禍に読まれるべき本」(宮本輝『五千回の生死)


 2020年は新型コロナウイルス感染拡大のため、テレビで毎日のように感染者数が発表され続けた。
 東京オリンピックは延期になり、暗く閉鎖的な雰囲気がいっきょに広がった。ステイホームが叫ばれ巣ごもり生活で、鬱とした状態に陥ってしまう人も多い。  
 私は中学校の教職員であるが、6月から学校が再開しても、授業中はマスク着用が不可欠で、息さえも十分にできない状態だ。勤務が終わり家に帰れば、床にへたりこんでしまった。7月末日まで授業があり、猛暑の中でのマスク生活は、生きているだけで精一杯。
 そんな中、気持ちが落ち込み、心の病になってしまう生徒や大人も増えている。芸能人の自死もいくつか報道され、私自身も人間の生死についてじっくり考えるようになり、自分の人生を振り返ることにもなった。

 私は滋賀県の公立高校の受験で不合格になり、京都の私学の高校に通うことになる。受験に失敗したことで、「自分の人生は終わった」と投げやりになり、いつも下を向いていた。
 55名の男子生徒の中、私一人だけが滋賀県民で、さらに暗い私はいじめの格好のターゲットになっていた。体育科の授業でグラウンドに座っていると、背中に石を当てられる。振り返ると、数名がニタニタと笑っている。トイレに行けば何をされるかわからないと感じ、朝から夜までいっさい水分をとらないように心がけた。いつも、死ぬことを考えていた。
 そんなある日、京都駅の書店で見つけたのが、宮本輝著『五千回の生死』である。この題名に心を奪われ、購入することになった。

 主人公が電車賃さえもなくなり、夜に堺市から大阪市の福島区まで歩こうとする。歩くことにうんざりしたとき、自転車に乗った不思議な男に出会う。しかたなく、主人公はその男の自転車に乗せてもらうことになった。
 「俺、一日に五千回、死にとうなったり、生きとうなったりするんや。兄貴も病院の医者も、それがお前の病気やて言いよるんやけど、俺はなんぼ考えても病気とは思われへん。みんなそうと違うんか? お前はどうや?」
 こいつはやばいヤツやと主人公は感じるのだが、私にはこの言葉が心に刺さった。「お前はどうや?」という問いに、思わずうなずいている。 死にたいと思っているは自分だけやない、この小説の中にも私がいるんや……。そう思えると、心の中にぽっと灯りがともったような気がした。

 「五千回どころやない、五万回、五十万回、いや、もっともっとかぞえきられへんほど、俺は死んできたんや。猛烈に生きとうなった瞬間に、それがはっきり判るんや。その代わり、死にたいときは、自分の生まれる前のことは、さっぱり思い出されへんねん。何十万回も生まれ変わってきたことが、判らへんようになるんや」
 死にたいと思うことが悪と考えていた私に、小説の中の男がたたみかけるように語りかける。
 「うん、ものすごう嬉しい気分や。死んでも死んでも生まれてくるんや。それさえ知っとったら、この世の中、何にも怖いもんなんてあるかいな」
 男の言葉は、私に小さな希望を投げかけてくれる。

 数日後、私は京都タワーの展望台にのぼった。展望台から下を歩く人たちを見ると、蟻のように小さく見える。 あの人たちにも、きっと悩みごとがある。こんなふうに客観的に見ることができれば、悩みもちっぽけなものに思えてくるではないか。
 それから、私は開き直るようになった。殻に閉じこもっていた私が、話しやすそうなクラスメートに自分からしゃべるようになった。自分が変わることで、周りの私に対する接し方も少しずつ良い方向へ変わっていった。

 『五千回の生死』という作品は、私の人生を大きく変え、もののとらえ方を百八十度回転させてくれた重要な小説である。
 コロナ禍の今、人間の死生観が問われているこの時代にこそ、『五千回の生死』はじっくり読まれるべき小説であると思う。    

(1,560字)(54歳、男性、滋賀県)


 ●使用図書


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