第12回コンクール優秀賞作品


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もげまつ「おのれメロス」(太宰治『走れメロス』)


 「セリヌンティウスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の友を誅せねばならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。それは良い。攻めるつもりなどない。しかしながら、悪に対しては人一倍敏感であったはずではないか。友を信じていないわけではない。ただ、心を慮って欲しいのだ。私だって死にたくはない。メロスには大事な妹がいるだろう。しかし、私にも家族が、恋人が、いるかもしれないだろう。弟子だっているかもしれない。フィラストラトスとかいう名前ばかり長くて仕事を覚えないが、純粋で大切な弟子もいるかもしれないのだ。大事なものたちを残して死にたくはない。だが死にたくないということはメロスが戻ってくるのを願うということ。それは同時に友の死を願うということにもなるのだ。私はそんなことは願いたくない。」

 これは私が初めて走れメロスを読んだ時の感想である。つまり子どもの読書感想文だ。いや、感想というより、本当はセリヌンティウスはこう思っていたのではないか、という推察だろうか。
 なんにせよ、友情の物語ではなく、友情を押し付けられた哀れな男の物語だと感じた。しかし所謂「真面目な生徒」であった少年時代の私は、「二人の友情に感動しました」といった類の教師が求めているであろう感想文を書いたと記憶している。感想文なんていいながらどこにも本心はなかったし、楽しくもなかった。
 それから20年、大人の読書感想文の存在をしった私は、ついに正直な感想を書くことができる!と、嬉々としてあの「走れメロス」を開いた。しかしこの物語は様々な意味で私を裏切り、驚かせた。さあ、ここからが大人の読書感想文の始まりだ。

 走れメロスを再読した私が一番驚いたこと、それは「メロス諦めているシーン長いな!」ということだ。私だって「大人になったら二人の友情を新たな側面から捉えることができて」みたいなことを感じたかったのだが、これが真実なのだから仕方ない。
 メロスは後にセリヌンティウスに自分は一度だけ諦めたと告白するがその一度がなかなかに濃厚である。もう一歩も歩けぬという疲労から始まり、自分は十分頑張ったではないかという言い訳、さらにはもうこのまま妹夫婦のもとに逃げ帰って生きようという具体的なプランまで登場してしまうのである。これを一発の拳で許すセリヌンティウス、やはり大物である。記憶になく、昔はさほど気にならなかったはずのシーンへの違和感が尋常ではない。その後メロスは目覚めると少し回復しており、もう一度と走り、ついにセリヌンティウスと再会する。

 さぁ、あんなに諦めていた男がどの面下げて許しを請うのか、意地の悪い気持ちでページを捲っていた私に予期せぬ出来事が生じた。なんと、二人の再会に涙してしまったのだ。
 私は困惑した。先ほどまでメロス、ちょっとずるいな、などと感じていたのに。幼いころの記憶と大して変わらないこの再会のシーンに、なぜこんなに心が動かされるのか。単に年をとって涙もろくなってしまったのだろうか。わからないまま読み進め、都合のいいことを言う暴君に呆れながら読了した。
 訳が分からないままだったが数日後、ふと気づいた。幼いころの私はメロスという男を物語の主人公、創られたヒーローとして捉えていた。ヒーローだから無計画に城に乗り込んだり友を人質にしたりと突拍子もないことをしても、そのスーパーパワーで約束を守り、友を守り、王を改心させたりするのは当然で、そこには感動しなかった。だが今の私はメロスがヒーローではなく、自分と同じ人間だと感じた。なぜなら、あんなに諦めて、あんなに言い訳をして、あんなに逃げようとするのだから。
 それは私と同じだ。仕事で、人間関係で、言い訳をして、諦めるということを何度も繰り返してきた。だが、完全に諦める前に、もう一度立ち向かうチャンスは私にもあったのではないか。そう、気を失ったメロスが目覚めたシーンのように。
もうだめだと思った、でも少し休んで、時間が経って、水を飲んで、もしかするとまだ走れるのではないか。諦めたと思っていても立ち上がることはできるのだ。それはヒーローだけでなく人間だれしもに与えられるチャンスだ。
 まだまだ体は重く、この先も苦しいことが待っている。それでも走りだしたメロス。私はメロスに過去の自分を重ねる。自分も本当は立ち上がれたのかもしれない。走れメロス、走れ、わたし。そうしていつの間にか彼を応援し、友との再会を喜んだ。おそらく、これが私の涙の理由だ。
 だとすると、今からでも遅くないのかもしれない。これからどんな困難があって、諦めることがあっても、いや、過去に諦めてしまったことすらも、また走りだせば掴めるかもしれない。

 太宰先生、昔の私が生意気なことを言ってすみません。「走れメロス」名作でした。
 でもやっぱり一番すごいのは、セリヌンティウスだと思います。

(1,978字)(31歳、男性、愛媛県)


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