第12回コンクール優秀賞作品


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かに座「毎日がその時」(すずきみえ、くすはら順子『そのときがくるくる』)


 夏休みがやって来た。共働きの我が家では、息子は0歳から保育園通いで、小学生になってからは学童保育。夏休みなどなかった。しかし今年は夏前に3人目の子どもが生まれ、育児休業中ということで、私にとっては子どもと過ごす初めての夏休み、小学二年生の息子は人生初の夏休み。実に、親子で過ごす初めての夏休みとなったのだ。
 夏休みといえば宿題。小学生の宿題といえば親子で向き合うもの。しぶる息子の気持ちを分かち合おうと、数十年ぶりの読書感想文の宿題を私も経験してみることにした。
 指定された課題図書の題名を読み上げ、息子が気になったものをネットで購入。2日後には家のポストに入っている便利な世の中だ。息子が選んだのは『そのときがくるくる』という本。「くるくる」という響きが気になったそうだ。
 それはなすびの絵が描かれた表紙がいかにも田舎の夏休みらしくて、懐かしくなる本だった。なすびが苦手な少年たくまが、夏休みを田舎のおじいちゃんの家で過ごし、おじいちゃんの育てたなすびを食べられるように頑張る、という実に身近に感じる題材だ。「そのとき」というのは、苦手な食べ物をおいしく食べられるときのことで、「その時が来る、来る」の「くるくる」だ。

 食べ物の好き嫌いは、いつの時代の子どもにも共通する。たくまくんのおじいちゃんやおばあちゃんにも苦手なものはあったし、私自身も子どものころ野菜嫌いで、主人公同様なすびは特に苦手だった。ぐにゅっとした触感がのどを通らず、涙目でえずいていたのを思い出す。しかし不思議なことに、今ではなすびはいつのまにか普通にのどを通るようになっていた。畑をしている親戚がいつも旬の野菜をくれるので、夏のこの時期はなすびが毎日のように食卓に並ぶのがありがたいくらいだ。
 物語の中でたくまくんは苦手ななすびに挑み、「おいしいじゃん」という言葉が出てくるものの、次の瞬間にはギブアップ、やっぱり苦いと断念。たくまくんの「そのとき」は来なかったのだが、確実に近づいたはずだ。
 たくまくんの「そのとき」が来なかったことに、私の中では残念な思いと安堵の思いが錯綜する。「そのとき」とは、単純に好き嫌いを克服した日のことではない。昨日受け入れられなかったものが今日は受け入れることができるという、目には見えない内側の大きな成長だ。いつかなすびをおいしく感じるようになった少年は、給食のなすびに頭を悩ませることはないだろう。そう思うと、好き嫌いさえも愛おしくなる親心。

 野菜嫌いな親から生まれた我が子も当然、好き嫌いは多い。ピーマン、ブロッコリー、アスパラ、きのこ…まだまだ挙げればきりがない。しかしこれでもよくなった方で、幼児のころはひき肉もダメ、卵もダメ、味付けをいろいろ試してみてもケチャップもマヨネーズもソースもダメ。一体何が食べられるのだと、毎日のメニューに頭を悩ませる日々だったことを思い出す。
 それがいつの間にかいくつもの「そのとき」を迎え、食べられるものが増えていった。本を読みふと振り返ると、そんな子どもの成長に気づき、驚く。確実に迎えた「そのとき」がいつだったのか、その時は親である私が必死で気づかなかった。

 「そのときがくるくる」というのはたくまくんのおじいちゃんが言った言葉で、「来る、来る」と繰り返すのがとても良く感じる。いつか来るからと焦らず、のんびりしていればいいよという、祖父母ならではの優しい言い回しに聞こえる。
 いつ来るかわからない、そして、確実にやってくる「そのとき」を積み重ねながら、子どもは日々成長しているのだ。毎日の中にある子どもの「そのとき」に気づき、褒めて、喜びたいと気づかされた一冊だった。

(1,504字)(37歳、女性、山口県)


 ●使用図書


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