第13回コンクール優良賞作品


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鷹匠亮「私のカフー」(原田マハ『カフーを待ちわびて』)


 「カフー」とは、沖縄の方言で「果報」という意味。「幸せ」「良い知らせ」と言う意味である。
 主人公明青にとっての「カフー」つまり「果報」は、「幸」という一人の女性との出会いであった。幸は孤独だった明青の人生に光を照らし、彼を暗闇の中から救い出した。

 物語を読みながら、私にとってのカフーは、何であろうかと考えた。
 二人のまだ幼い娘達との出会いか、それとも全力で情熱を注ぐことのできる今の仕事との出会いか。どれも私にとってカフーと言える大切な出来事だった。しかし、私にとって一番のカフーはやはり「彼女」との出会いであろう。

 私には、明青が一人で暮らしながら、幼き頃に突然いなくなった母の帰りを待ち続ける気持ちが少し理解できた。
 「母を、待っていたのだ。ただ、馬鹿のように待ちわびて。自分があの家にいる限り、必ず帰って来る。そう信じて」
 明青が一人になっても生家を離れようとしないその理由。自分の本心に気付いたときの言葉である。
 私は、明青のように母こそいなくなりはしなかったが、共に暮らしていた大好きだった祖母は、私が二十歳少しの頃に亡くなってしまった。祖母がいなくなったとき、明青と同じような気持ちになった。この家で待ち続ければ優しかった祖母が帰ってくるんじゃないか。そう思っていたのだ。初めての近しい家族の死。私は現実を中々受け入れることが出来なかった。明青も同じような気持ちだったのではないかと思う。
 私の経験上、自分の大切な人がいた場所には、その人がいなくなった後も残り続けるものがある。明青の家にもあったはずだ。母が台所に立つ姿、母の匂い、母の気配。そして何より母との思い出。明青の家には、それらが色褪せることなく残り続けていたのだろう。だから、彼はその場所を離れることができなかったのではないかと思う。「母が帰ってくる」というカフーを待ち続けていたのだ。

 明青の母が戻ってくることはなかったが、明青のもとにはその後「幸」が現れた。
 もし、明青が幸と巡り会っていなければ、明青はどうなっていただろう。きっと彼は母への想いを断ち切ることができず、帰ることのない母の帰宅を一人今も待ち続けただろう。明青と幸の出会いは偶然に偶然が重なった奇跡のような出来事であった。
 一方の私といえば、祖母が亡くなったことと新たな勤務地での不慣れな仕事という不安が重なり、一人苦しんだ。一人ぼっちで苦しみ、この苦しみが永遠に続くような気がした。誰か私を救ってくれないかと、来る日も来る日も明青と同じように「誰か」を待ちわびた。
 そして、その日は訪れた。「彼女」つまり「妻」との出会いである。
 妻と出会っていなければ私はどうなっていただろう。近しい人が少しずつ減っていく。世の中にはこんなに人がいるのに、自分はこの世界で一人きりになってしまう気がしていた。彼女はそんな私を一人の世界から救ってくれた。幸が明青を救ったように。

 月日が流れ、仕事や育児と、私と妻は日々忙しく過ごすようになった。忙しさに伴い、妻に対し感謝の言葉を口にする機会も減った。互いに励まし合い、互いを労う言葉も少なくなってしまった。
 そんな時、本作を読んだ。ぶっきらぼうだが、一途に幸のことを想い続け、自分が待ちわびていたものを今度こそ守ろうと決意する明青の姿。ページを繰り物語が進むにつれ、彼の一途な姿に自分を重ね合わせた。妻に出会った当時の自分こそ明青の姿に重なれど、今の自分はどうだろうか。あれほど待ちわびていたカフーを私は今大切にできているだろうか。
 「失ってはいけない、たった一つのものがある。それが、幸だった」
 母の死を知り、何もかも失った中で明青が絶対に失ってはいけないと気づいたもの。
 明青と幸の二人がどうなったかは作中描かれていない。けれど、孤独の苦しみを知った二人なら、もうお互いを離すことはないだろう。目を閉じると二人が幸せな笑顔を浮かべ琥珀色の海を前に寄り添う姿が想像できた。そして、それはかつての私と妻の姿に重った。
 本を閉じ、「まだ間に合うだろうか」と心の中でつぶやいた。すると「間に合うさ」と明青に背中を押された気がした。

 家に帰れば待ってくれている人がいる。
 お互いこの歳になり、浜辺で寄り添うのは少し気恥ずかしい。けれど帰ったら、「ただいま」の言葉の後に「ありがとう」の言葉を添えてみようと思う。
 まずはそこからはじめよう。私のカフーを守るために。

(1,795字)(36歳、男性、和歌山県)


 ●使用図書


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