まよ「正しいプライドと間違ったプライド ー『ヒキコモリ漂流記』を読んでー」(山田ルイ53世『ヒキコモリ漂流記』)
20歳の頃、小学校の同級生と地元駅の前でばったり遭遇した。
「いや~まよ久しぶり!」と声を掛けてきた彼女は、続けざまにこう言った。
「今大学生? 東大に行っているの? それともどっかの医学部?」
彼女の中の私のイメージは、「天才」と呼ばれていた12歳のときで止まっていた。
東大生でも医学部でもなく、大学生でもなかった。
大学受験に失敗して、浪人期に双極性障害を発症した私は、その当時、一日中布団の中でネットの掲示板に入り浸る「ひきこもりニート」であった。
「まあそんなところ…」とお茶を濁してその場を去った。正確に言えば逃げた。
卒業アルバムを開けば、現在アスリートとして活躍しているクラスメイトを差し置いて、「将来大物になりそうな人ランキング」で一位に輝いた、神童だった頃の私の満面の笑みがある。
「落ちぶれたなあ…、自分の人生こんなはずじゃなかったのに…」 気づいたら涙が流れていた。
そんな鬱々としていたとき、『ヒキコモリ漂流記』という本と出逢った。帯にはでかく「神童の運命はウンコで変わった」と書いてある。「どういうこと?」と思い本を開く。
「あれ?これ私を取材して書いた本?」と、なるほど覚えのある感情を綴った文に、ページをめくる手が止まらない。結果夢中になって2時間ほどでむさぼるように読了した。
現在お笑いコンビ「髭男爵」として活躍される山田ルイ53世さんの自伝である。
山田さんは神童だった。小学2年生にして「薔薇」や「醤油」といった難しい漢字を書きこなす。宿題に提出した作文は新聞に掲載され、サッカー部では入部後即レギュラー。人望も厚く選挙で児童会長に選出される。あっぱれな神童っぷりである。山田さん曰く「小学校6年生にして、早くも人生の頂点『黄金期』を迎えて」いたのである。
そんな黄金期は中学受験で極まる。6年生という中学受験生にしては遅いスタートにも関わらず、また、通っていたのが地元の「しょうもない」個人塾であったにも関わらず、超難関校、六甲学院中学に合格したのだった。
順調な滑り出しを見せた山田さんの人生だが、中学でのある事件を機に、暗転する。
ウンコを漏らし、クラス中にばれたのだ。
よしんばそれがばれたとしても、いじられキャラならピエロになり、逆に人気者になれたかもしれない。しかしプライドが邪魔した山田さんは、優等生からウンコを漏らしたピエロになるよりは、ひきこもることを選んだ。
なんとそれをきっかけに、ひきこもり生活は、6年間にも及んだのだった。
読んでいて共感で膝を打った表現がある。それは、ひきこもったことで「最初に望んでいたような人生はもう無理」なので「もう完全に俺の人生は終わった」から、今の人生は「余生」のようなものである、という箇所だ。それは、双極性障害を発症し引きこもっていた私がまさに考えていたことであった。
私も山田さんも、というかこの世に沢山存在する挫折した「元神童たち」は皆、えてしてプライドが高く、過去の栄光にすがり、ゼロか百思考なのだ。自分の挫折から正面から向き合うことなく、「自分はやれば出来るから」「特別な人間だ」という選民思想をどこか捨てられない、すごく嫌なやつなのである。
この本を読んで、私は自分の「嫌なやつさ」と向き合うことになったのだ。今まで「病気さえなければ私だって…」と思っていた節がある。しかし、「大物になりそうな人ランキング一位」になったその日から、私はずっとどこかで思いあがり、間違ったプライドを持ち続けていたのかもしれない。
「病気がなくても私なんかいつか壁にぶち当たっていた」「もともと大した人間ではなかった」 この本を読んでそう痛感した。大変苦い薬だったが、山田さんにとっても私にとっても、「ひきこもり」の数年間は、「ちゃんと負ける」ための必要な挫折だったのかもしれない。そしてちゃんと負けてから、もう一度夢を語る、そんな「不遜さ」を持ち合わせる。人生は負けてからが本当のスタートなのだ。
山田さんは芸人になった。中学生の頃、あれだけなれなかったピエロになったのである。ウンコを漏らし、ひきこもり、中卒になり、親に見放され、極貧のなかで、夢をかなえた。きっと自分と向き合い、正しいプライドを持ち努力したのだろう。過去を克服したその姿に、この本に出逢って7年間、何度励まされたか分からない。
高校生の頃から、私の夢は「ジャーナリスト」であり「困っている人と向き合い、その人の声なき声を拾うこと」であった。精神疾患を発症し、自分が「困っている人」となった今、ならば自分と向き合うことから逃げることはやめよう。そう思った。
今は、社会人になった傍ら、変わらず文章を書き続けることで、自分のペースで夢を追い続けている。今度駅前であの同級生の彼女に出会ったら、今度は逃げない。じっくりと自分の「今」を、「正しいプライド」を持って、胸を張って伝えたい。
(1,999字)(27歳、女性、東京都)
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