第14回コンクール優秀賞作品


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ちき瀬「肉子ちゃんはバカだが役に立つ」(西加奈子『漁港の肉子ちゃん』)


 本の表紙とタイトルにただならぬエロスを感じ、気が付くとレジに並んでいた。結果、自分が想像していた内容とは、180度違っていたが、心温まるいい作品だった。

 自分を捨てた男を追いかけ、漁港がある小さな町に住み始めた母娘の肉子ちゃんと小学生のキクリン。その町で起きる日常を描いた作品だ。

 既に名前が凄まじい肉子ちゃんは、とにかく強烈だった。
 
肉子ちゃんは不細工で、頭が悪く、単純で、騙されやすいが、底抜けに明るく、天真爛漫な性格の女性である。海を見て、「めっちゃ海やなぁ〜」と何の捻りのない事を言う。これが肉子ちゃんなのだ。

 数日かけて読了し、印象的だった事は、小学校での女子グループの分裂や初恋、入院などを経て、少し大人に成長した娘のキクリンに対して、肉子ちゃんは、最初から最後まで何も変わらなかった事だ。肉子ちゃんで始まり、肉子ちゃんのままで物語が終了した。
 そして、ふと肉子ちゃんが大学時代の友達に似ている事に気づいた。

 同じサークルに盛山という男がいた。盛山は肉子ちゃんのようにバカで単純で優しくて、休みの日でも遊ぶくらい仲がよかった。
 時が経ち、大学を卒業してから数年後に久しぶりに集まり、遊んだ事があった。とても楽しみにしていたが、大学時代と同じような発言をして、同じような内容で笑う、全く変わらない彼に失礼ながら、勝手にイラついてしまった。その日、楽しめなかったもあり、一方的に彼とは距離を少し置くようになっていた。

 肉子ちゃんが仮に現実世界にいたら、盛山と同じように距離を置いてしまうと思ったが、肉子ちゃんに不思議と魅力を感じている自分もいた。
 最後の場面で、キクリンが肉子ちゃんに向けて言った「肉子ちゃんになりたくないけど、大好きやで」という言葉が、自分の肉子ちゃんへの思いを的確に表現していた。別になりたくないが、その存在自体は大好きだった。

 そういえば、昔は盛山の事も大好きだった。
 なんでもよく笑い、何を食べても、何を飲んでもうまいと言い、酒を飲むと同じ発言を繰り返し、強引に肩を組んでくる。そんな純粋で人間らしい彼が大好きだった。なのに、なぜあの時、苛立ってしまったのか。

 私は大学を卒業した後、商社に入社した。周りに早く認めてもらう事を目標にし、とにかく仕事に励んだ。お客様、会社から役に立つやつと思れる為に、誰よりも朝早く出社し、飛び込み営業をし、プライベートの時間を犠牲にした。自分自身を成長させる事ばかり考えてきた。
 そんな折に彼と遊び、自分は日々頑張っているのに、なぜ彼は、何も変わってないんだ。情けないやつだな。と一方的に思ってしまった。

 そして、最近、肉子ちゃんと出会った。
 日々、奮励努力しなければいけないと思っていた自分にとって、彼女は真逆の存在過ぎた。困り事があっても、役に立つわけではなく、毎日成長するわけでもない。しかし、その唯一無二の大きくて暖かい存在で、周りの人たちを元気にしていた。

 物語の途中、クラスの女子グループの分裂で、 キクリンが悩むシーンが出てくる。キクリンが悩んでる雰囲気を醸し出しても、肉子ちゃんは一切気づかなかった。結局、キクリンは悩みの相談をする事はなく、時間をかけ、自分で悩みを解決した。
 肉子ちゃんは 一体何をしたのか。結果、何もしていない。肉子ちゃんは毎日を普通に生き、ただ肉子ちゃんをしていた。問題を何も解決してないし、何も役に立ってない。でも、肉子ちゃんがそばにいる事で、キクリンは毎日を悩みながらも生きる事ができ、悩ましい問題に直面しても挫けなかった。

 無意識に蔑んでいた肉子ちゃんのような存在は、実は人の役に立ち、周りの人たちにとって、かけがえがない存在だった。
 社会でたくさんの事を経験し、学び、多様な価値観を容認できるようになったと思っていた。しかし、実際は、勝手に人を決めつけ、相手を軽蔑し、視野を狭くした情けないやつになっていた。成長したと思っても、実は大切な何かを失っている事もある。大人になっても間違えてしまう事があると気づく事ができた。

 今後も自分を成長させる姿勢は変わらないだろう。果敢に挑戦をしていくはずだ。しかし、ふと疲れた時に自分は肉子ちゃんを思い出したい。肉子ちゃんを思い出す事で、一回立ち止まり、しっかりと息が吐けるような気がする。挑戦と失敗を繰り返しながら変化する自分の大切な感覚を失ってないか確認したい。

 そんなことを考えていたら、自分の世界に存在する肉子ちゃん、盛山に無性に会いたくなった。
 連絡しようか悩んでいると奇跡的に盛山から「今度ミニ四駆しようぜ」と嘘のようなLINEが来た。俺らもう30歳やでと思い、半ば呆れながらも、「いや、遊戯王の方がええわ」と返信をした。
 彼のようになりたいかと言われたら、なりたくない。しかし、人として大好きだなーと再び思えた事が嬉しく思えた。

(1,971字)(30歳、男性、神奈川県)


 ●使用図書


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