第14回コンクール優秀賞作品


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Nodie -ノディエ-「刺青の奴隷となった「娘」、フェティシズムの奴隷となった「私」。全部「男」のせいである。」(谷崎潤一郎『刺青 痴人の愛 麒麟 春琴抄』)


 私は、谷崎潤一郎氏を舐めていた。
 予定では「刺青」「麒麟」「痴人の愛」「春琴抄」の全てを読んで、総合的な感想文を書こうとしていたのだが、あまりの衝撃に「刺青」しか読むことができなかった。同氏の文学は私には劇薬だった。
 
今もまだ、「刺青」の読後感が背中に張り付いて離れない。

 私はずっと同氏を恐れていた。と言うのも彼の前評判として「変態的」であると聴いていたからである。「変態的で色っぽい。一度オチると堕ちる所までオチる」 それが『谷崎潤一郎』という文学だと解釈していた。
 ……私は変態チックなものが大好きである。変態さに色気を感じ、うっとりする人間である。──ベストマッチであることは必至だった。オチて溺れて深みにハマり、藻掻けば藻掻くほど土壺に嵌まる。そんな気がした。理性ある人間として、開いてはいけない変態の扉を開きそうだと感じていた。故に恐怖を覚えたのだ。

 だが、そんな私にある環境の変化が訪れる。喜ばしくない内容であるため詳細は省くが、その環境変化のおかげで心に隙間が生まれた。日々を「無」で過ごしていた時、ふいに立ち寄った本屋で一際輝いていたのが「谷崎潤一郎」の文字であった。買う以外の選択肢は無かったようで、気が付いたら家に置いていた。当時の私はコレを隙間に捩じ込もうとしたのかもしれない。
 しかし家に帰って机上の当書を眺める私は、本屋の棚から当書を選び取った私ではなかった。買うだけ買って冷静になってしまい、ひと月ほど当書を読めずにいた。そんな中、今日、ついぞ読む決意を固める。私は所有している本を読まないという行為が嫌いである。本棚の肥やしにするのは嫌である。だから読む。恐れながらも実は、谷崎氏を一度読んで克服したいと思っていた。だから読む。

 読むぞ。

 取り敢えず真ん中辺りをパッと開いた。「痴人の愛」の何処かのページだった。もうこの時点で色っぽい。まだ読んでないのに色っぽい。著者が醸し出す文体の色気がむわっと薫ってきた。はあ色っぽい。

 「刺青」を二頁と数行読んだ。もう無理だと感じた。身体が震え上がっている。息も少々荒くなる。二頁でコレとは、やはり谷崎氏は恐ろしい。

 「刺青」を読破した。物語世界に入り込んでしまえばあっという間だな。と、思ったが時計を見てみると一時間が経っている。たった十一頁の文章を、しかも側注を抜くともっと短い文章を、一時間もかけて読んだ。私が超遅読人間であることを考慮しても遅すぎる。原因は明らかだ。私は谷崎氏の文章に酔いしれていたのだ。

 私は小説を読む時、物語ではなく文章を読んでいる。勿論物語も認識しているが、それよりも文章の言葉遣い・クセ・裏に潜んでいるであろう作者の思想等々を楽しんで読んでいる。物語が面白くても文章が好みでなければ、読後に胸を掴まれるようなグッとくる感覚がない。読後の印象も薄い。「刺青」読後の私はというと──。
 ──背後から心臓を鷲掴みにされ、喉仏を掻き毟られながら、耳元で印象的な文章を繰り返し囁かれる。 そんな感覚に侵されていた。印象に残りまくりである。

 つまり文章が好みだった。好みも好み、ど真ん中ドストライクだった。炙り出しのようにじわじわと滲み出る、されど清々しく潔い、爽やかフレッシュな変態性を感じた。ん?フレッシュ?
 文豪の、現代も発刊されている作品というと、ある程度老熟してから書かれたものではないのか? 何故フレッシュ? と疑問に思い調べてみると、なんと二十四歳で書かれた作品であるらしい。驚いた。私とそんなに変わらないではないか。だからフレッシュさを感じたのか。ああ増す増す大好きだ。

 酔っ払うほど呑んだことは無いが、酔うとはこういうことを言うのだろう。それほど私は「刺青」の文章に酔いしれた。時間がかかるのも必然だった。嗚呼、もっと酔っていたい……ところだがそろそろ締めなければ。しっちゃかめっちゃかな感想文はここで終わりだ。

 さて、長々ぐだぐだと書き連ねた上記の私の心情は「刺青」の「娘」の心情と重なる部分が多々ある。読んでいて本当に気味が悪くなるほど、「娘」と「私」がリンクしていた。
 「娘」も「私」もある男と出会い、男の変態性と自身の内なるナニカに恐怖しながらも、どこか惹かれるものを感じていたのだ。完璧なリンクである。
 ここまでは完璧だった。ここまでは「娘」=「私」とも言えるほどに完璧なリンクだった。しかしいつからだろうか。「私」と「娘」の道は「=」で結べないほどに乖離した。
 「娘」は最終的に女郎蜘蛛となって女に堕ち、刺青に今までの自我を捕らわれ、男を喰らった。「私」は最終的に醜い蛸となって海底に堕ち、蛸壺にその身と理性を捕らわれ、男に喰われた。
 同じような経験をしたというのにッ、途中までは完璧だったというのにッ、何故こうも結末が違うのだろうかッ!?嘆かわしいッ。私も谷崎氏を尻に敷けるほどの貴いヒトになりたいッ。

 さあ!続きを読むぞ!!

(2,000字)(21歳、和歌山県)


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