第15回コンクール優秀賞作品


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misaki「人生が不安でもがいていたときに読んだ本」(木皿泉『すいか』)


 この『すいか』は日本テレビで2003年に連続ドラマとして放送されたもので、私が読んだのは文庫本化されたその脚本だ。
 初めて読んだのが、人生に不安を抱きながらももがいて生きていた、20代半ばの頃…。あの頃の私は夢を追っていて、「私はこうありたい」「周りからこう思われたい」というのが強く、夢を「目標」とし愚直に生きていた。
 そんな時に知人に薦められた『すいか』の脚本。ドラマも脚本家も知らず、何の前知識もないまま読んでみた…。

 『すいか』の物語の主人公基子は34歳の銀行員で、実家暮らしの独身女性だ。彼女の人生は特に面白みもなくただただまじめで、しかしどこかで自由に生きることにあこがれていた。
 そんな彼女は女性ばかりが住むシェアハウスで暮らすことになる。シェアハウスには自由に生きるエロ漫画家、自分の意見は曲げない大学教授、20歳のアパートの管理人、と年齢も個性もばらばらな女性が暮らしていた。
 そんな中で生活をしていく基子。最初は戸惑いながらも、人生の自由さや小さな幸せを見つけていくことになる。

 ある日、3憶円を横領した友人のことを訪ねに、女性刑事が基子の部屋へやってくる。
 友人のことを話し終わった後、基子は女性刑事に「自分は今日会社をずる休みしたけど会社はいつも通り回っている」という情けなさと、「仕事は内容が大事」という基子の大事にしていることを話した。すると女性刑事はこう返した。
 「信用金庫のOLは、どれぐらいなんですか?お豆腐屋さんより上ですか?下ですか?」
 「私は、何も、自分の仕事が偉いとか、偉くないとか、思ってないし」
 「思ってますよ。明らかに思ってるじゃないですか。それ、つまんないでしょう? ものすごく尊敬する人とか、面白い人とか、そういう人がいる職場が、最高でしょ。やっぱり」

 私はこのやり取りで、心のどこかでジンワリと思っていたことをつつかれた気分になった。私が追っている夢は結局、人から「褒められてちやほやされたいから」という理由で叶えようとしていたのかな、と…。
 もちろんそれだけがすべてではないけど、それでもやっぱりこの女性刑事の言葉が引っ掛かってしまった。「偉いとか偉くないとか関係なく私が本当に満たされるものって何なんだろう…」と…。

 そんな感じでこの「すいか」は基子のもやもやを軸に、周囲の人たちとのかかわりで日常の些細な気づきや幸せを教えてくれるストーリーになっていて、とても読み応えのある物語だった。
 そして最終巻の2巻の最後に、この物語を作られた木皿泉さんのあとがきが載っていた。どうやら「木皿泉」という方は夫婦で1つのペンネームを持ち、2人で活動している作家のようだった。あとがきはシナリオブックが出た2004年と文庫版の2013年のものが2本掲載されていた。
 衝撃を受けたのは連載当時のことを振り返っている2013年のあとがき…。
 
「けっして若くなく、書く仕事だけでは食べてゆけず、魚を売ったりコーヒー豆を売ったりするパートに出ていた。いつもお金はなく、名前も知られず、野望もなく、2人でしょーむない話をしてはげらげら笑い、お金にならない話を考えては2人でほめあい、本をよく読み、ビデオを観て、食べたい時に食べたいものを食べ、眠りたい時に眠っていた。私たちは、とっくに、こうあらねばならない、というものを捨てていた。(略)52歳と46歳の私たちに、怖いものなど何ひとつなかった」

 52歳と46歳の夫婦がアルバイトをしながら、この連続ドラマのストーリーを紡ぎだしていたのである。20代半ばの私にはにわかに信じられない事実だった…。
 …そんな人生もあるの? 少しずつ視界が広くなっていく感じがした。
 私にもよくよく考えると、他人の目を気にせず満たされることもあるかもしれない。休日の朝に入れるコーヒーの匂いとか、アルコール飲み放題での一人カラオケとか。うん、そうだ…。これはたぶん私しか味わえない「幸せ」だ。木皿さんご夫婦がげらげら笑いながらお金にならない話を考えていた時間みたいに。

 初めて『すいか』を読んでから、約10年。
 夢はちゃんと頑張ったけど結局叶わず、「幸せか?」と聞かれれば、うーんというところではあるが、昔ほど「周りにこう思われたい」というのはなくなった気がする。人生ってこんなものとある程度分かってきたし、今は自分だけが満たされることを精一杯楽しんでるからかもしれない。悪く言えば、競争心がなくなったとも言えるのだけど…。

 現在、木皿さんの旦那さんは脳出血の後遺症で半身まひとなり、奥さんが介護をしながらも執筆活動をされている。本当に人生なんていつどうなるかわからない。
 でも、自分が「どうしたら満たされるか」さえ知っていれば、どういう状況が来ても案外振り回されることは少ないのかもしれない。今も木皿泉さんご夫婦がニコニコ笑って過ごされているように。

(1,995字)(33歳、女性、大阪府)


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