第16回コンクール優良賞作品


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山羊「後悔しない生き方を」(湯本香樹実『夏の庭―The Friends―』)


 『夏の庭』は、小学6年生の3人が「死んだ人が見たい」という好奇心から今にも死にそうなおじいさんをこっそりと観察するのだが、次第にそのおじいさんと仲良くなっていく友情物語である。
 この本は、小学生の時に買ってから大人になった今でも、ふいに読み返してしまうほどお気に入りの本だ。

 私は昔から、文章を書いたりまとめたりするのが苦手だ。特に「読書感想文」は何を書いていいのか分からず、本の中身を丸写ししていた覚えがある。
 今でも苦手意識が強く残ったままなのだが、今回自らの意思で「書いてみたい」と思った。苦手なまま挑戦しないでいると、いつか必ず後悔すると思ったのだ。そう思わせてくれたのは、この本のおかげである。

 きっかけは、少年達の一人、山下の言葉である。
 山下は魚屋の息子で普段は頼りないのだが、包丁を研ぐ時だけは慣れた手つきで頼もしい姿を見せる。主人公が指を切った事ないのか聞くと、もちろんあると答えるが、「こわがってさわらないでいたら、いつまでたっても使えないから」と付け足した。
 この言葉に、感銘を受けた。私自身、行動する前から怖がって、逃げてしまう事があるからだ。読書感想文もそうだ。「どうせうまく書けやしない」と怖がって、逃げ続けていた。けど、やってみたら案外出来てしまうものなのかも。たとえうまく出来なくても、挑戦した事に意味がある、と思わせてくれたのだ。
 山下の言葉のおかげで、私は今、苦手なものに向き合えている。

 『夏の庭』は一見「死」という重いテーマを題材にしているが、少年達とおじいさんが仲良くなっていく過程は、爽やかであり微笑ましくもある。子供の時はその爽やかさを楽しんで読んでいたのだが、今回読み返した際には「死」について考えさせられた。
 山下がプールで溺れて死にかけた後、人は簡単に死んでしまうものなのかもと3人は考える。むしろ「生きてるほうが不思議」なのだと。
 目から鱗だった。 私は今まで、「生きている方が当たり前」だと勘違いしていたからだ。それに気づいた瞬間、今日までの日々を後悔した。果たして私は、この素晴らしき日々を大事に生きてこれただろうか? 大切な人々を、心から大事に出来ていただろうか? 惰性で過ごしていた日々を思い返し、反省してしまった。「もし、明日死んでしまうとしたら、今日までの日々を悔いなく生きられただろうか?」そんな後悔が押し寄せないように生きたい、そう思わせてくれたのだ。

 「死」についてもう一人、おじいさんについても語りたい。この作品の中で、一番「死」に近かった人物だと思うからだ。
 おじいさんは家に独り、誰とも関わる事なくひっそりと暮らしていた。食べるものはコンビニで買った弁当で済まし、家はゴミまみれ、洗濯をしている様子もないといった、おざなりな生活だ。少年達に「生ける屍」と称されるのも頷けた。生きがいもなく日々を過ごす姿は、まるで「いつか来る死を待つだけのために生きている」ような、そんな諦めのようなものを感じた。
 そんなある日、自分の死を待つ少年達が現れる。おじいさんは「こんなガキ達の思い通りに死んでなるものか」と思ったに違いない。その反抗心が生きがいとなり、おじいさんを奮い立たせたのだ。
 それからおじいさんは、意地でも生きてやると言わんばかりに、今まで疎かだった生活を丁寧にし出した。食事や掃除、家の手入れなど、少年達を巻き込みながら整えていく様は、今までのおじいさんからは想像も出来ないほど活き活きと描かれている。 段々と少年達と関わる事を純粋に楽しみ、笑顔も増えていった。出会い方は最悪だったものの、おじいさんは人との触れ合いで生きる活力が沸いたのだ。
 私は初め、おじいさんの孤独さに共感した。1年程前、私は仕事を辞めてから未だに家でひっそりと暮らしている。日中誰とも関わらず生きがいもなく、ただ静かに日々を過ごす毎日に、生きている意味があるのか不安に駆られて笑顔が消えていってしまった。 おじいさん同様、体は生きているものの、心が死んでいたのだ。
 しかし、私には旦那さんの存在が大きく、心の支えが傍に居てくれたのが救いだった。友人の優しい言葉や他愛ないおしゃべりに、笑顔にもなれた。人との関わりがいかに大事か、おじいさんを通じて改めて教えてもらった。
今の私は、「大切な人々を笑顔にする」事を生きがいに生きている。

 感想文を書いてみて、相変わらず苦手であると思い知った。しかし、挑戦したいと思い立って行動出来た事は、自分にとって誇らしい事である。だからと言って、明日死んでもいい!とは到底思えないが、後悔が一つ消えたのは嬉しい事だ。
 この本のおかげで「死」について触れ、「生」の有り難さを感じることが出来た。後悔の無いよう日々を笑顔で過ごしたいし、自分や大切な人々を大事にしたい。

(1,953字)(34歳、女性)


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