第1回コンクール 最優秀賞作品


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南 奏多「人とつながるための『言葉』」(三浦しをん『舟を編む』)


 私は、人とコミュニケーションをとるのが苦手だ。
 友達は、特定の友人しか持たず、初対面の人とはうまく話せない。学生時代はずっと文化部。それも、比較的、先輩と後輩という上下関係は表向きで、仲むつましく、三年、あるいは四年を楽しく、温かく過ごしてきた時期が多い。
 ゆえに、社会に出てからの先輩と後輩、上司と部下・・・。「縦社会」と呼ばれるものに存在する上下関係の形にひどくギャップを感じた。
 言わば、私にとって社会に出るまでのコミュニケーションは「家の中」での「家族」との会話程度のようなもので、「外」の人とのコミュニケーションの経験は皆無だったと言えるのであろう。

 本作の主人公、馬締光也もその一人だ。
 対人コミュニケーションは苦手で、人にうまく何かを伝えることができない。ゆえに、社会に出てからは周りから疎まれ、孤立する。営業部から異動してきた辞書編集部のメンバーとの関わり方に悩みを持つ。
 「言葉がなければ自分の想いを表現することも相手の気持ちを深く受け止める事も出来ません。刻々と変化する世界で、うまく言葉を見つけられず、行き場を失った感情を胸に葛藤の日々を送る人もいる。」
 辞書編集部の監修である松本朋介がそんな馬締に言った言葉だ。

 あまりにも基本的で、当たり前のことを言っているはずだが、私の耳には新鮮に聞こえた。
 当たり前だったからこそ今まで気付けずにいたのかもしれない。そう、人は、誰かのことを知りたいと思ったとき、つながりたいと思ったとき、意図せず「言葉」を使って近付こうとするのだ。
 「言葉」はやはり、最大のコミュニケーションツールである。そう感じさせた瞬間である。

 しかし私は、その使い方が下手だ。使い方に悩む。うまく伝えられるだろうか、もし相手にうまく伝わらなかったら、不快に思われたら・・・。言葉を発するより先に先行する恐れや不安。
 この行き場を失った、誰かとつながりたいという感情はどこに向かえば良いのか。

 一方、馬締は、そんな私とは違った行動を見せた。人間関係がうまくいくか不安で、辞書をちゃんと編纂できるのか不安だった馬締は、だからこそ必死であがいた。心を映した不器用な言葉を、勇気をもって差し出した。
 「たくさんの言葉を、可能なかぎり正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少なければ少ないほど、そこに心を映して相手に差し出したとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる。一緒に鏡を覗きこんで、笑ったり泣いたり怒ったりできる。」
 だからこそ、その手助けとなる「辞書」を編む。馬締は、不器用ながらも、言葉を見つけられず葛藤する人々に向けて、その編纂作業に情熱を持って挑み続けた。

 私は、そんな彼と比べて何もあがくことはしてこなかった。ゆえに、馬締が羨ましいと思った。「言葉」に向き合い、「言葉」で「人」と真正面にぶつかることの恐怖に負けず、不器用でも突き進む馬締の姿が輝かしい。馬締が、私に人とつながることへの勇気をくれたように感じる。
 私も、馬締のように伝える勇気を持ちたい。馬締のように、葛藤する人々の助け舟を作りたい。本書を読み進める中で思い始めた。私にも、その使命があるのではないか。

 私も「言葉」に携わる仕事に就くことができた。
 子どもに「国語」を教授するこの仕事に就いてから、「言葉」を考えることが、より多くなった。
 しかし、子どもは、私たち大人とは違ってもっと深く、深海ともいえるような言葉の海であがき続けているように思う。 
 「言葉は武器である。知らずに使えば簡単に人を傷つける。使い方を誤れば自らをも刺す。」
 わかってはいても、正しく言葉を扱えず、時として大切な仲間を傷つけてしまうこともある。まして、「言葉」で人とつながる術が乏しければ、子どもにとっても孤独は生じる。
 だからこそ、「言葉」を知らなければならない。知識としての「言葉」ではなく、誰かを守り、誰かに伝え、誰かとつながり合うための言葉の力を。
 この先を生きる子供たちが自分を表現することに恐れを抱かず、力強く生きていけるように。

 私も、馬締たちが作り上げた辞書「大渡海」のように、暗く茫漠とした言葉の海を渡る、一隻の舟になろう。さすれば、どんな荒波にものまれず、強く、正しく、言葉と向き合い、人と向き合える若者が育っていくだろう。

(1752字)


 ●使用図書


 ●運営コメント

 総評の欄にて述べた、「その本を読んでどう思ったのか」「何を考えたのか」「その本が自分にどのような影響を与えたのか」といった内容が十二分に描かれている作品。
 さらに、「本を読む意味」のようなものを読み手に感じさせ、「本を読もう」という気にもさせてくれる。素晴らしい作品です。


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