第3回コンクール 佳良賞作品


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野々村務「童貞と『雪国』」(川端康成『雪国』 )


 少し背伸びをしたいという時期が、かつての僕にはあった。より正確に表現するなら、ちょっと高尚なものに手を出して、「そんな高尚なものに興味がある俺ってすげぇー」と悦に入る、そんな流行り病のような思春期の一時期だ。今風に言うなら、中二病だろうか。

 『雪国』はそんな時期の僕にとって大層思い出深い一冊だ。

 高校二年のころの僕は、「文豪の本読んでいる俺ってすげぇー」という意識が強い頃だった。大してわかりもしないのに、有名という理由だけで、いわゆる名作を片っ端から漁っていた。とは言え、読む速度は現代小説に比べれば、ノロノロしたものだった。感想もわかったような、わからないようなという頼りないものでしかない。

 『雪国』はその中でも格別にわからない作品だった。新潮文庫で本編だけなら二百ページにも満たない。にもかかわらず、僕は『雪国』で何度も寝落ちした。ちょっと読んではがくりと眠り、はたと跳ね起きてまた読み始めるけど、すぐ眠る。そのくり返しだった。とりあえず最後まで読んだけど、文字を追ったというだけだった。

 正直言ってつまらなかった。けど、文豪読んでる俺ってすげぇー教を盲信していた僕は、これは自分の感性が狂っているだけだと思い込んだ。のみならず、「俺この間『雪国』読んだんだぜ」などと、つまらないと思った作品を持ち出して、友達に自慢したりもした。アホとしか言いようがない。

 そんな『雪国』を大人になった最近読み返してみたのだが、当時の僕がなぜこの作品を全く理解できなかったのか、その理由に今さらながら気づくことができた。それもこれも高二の僕が童貞だったというのが全ての原因なのである。

 例えば冒頭付近の一文、「結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている(略)この指だけは女の触感で今も濡れていて、自分を遠くの女へ引き寄せるかのようだ」 僕はこの内容をまったく理解していなかった。そう、理由は僕が童貞だったからだ。
 また「『私が悪いんじゃないわよ。あんたが悪いのよ、あんたが負けたのよ。あんたが弱いのよ。私じゃないのよ。』などと口走りながら、よろこびにさからうためにそでをかんでいた」など、超絶エロいのだが、僕は意味がわかっていなかった。それは僕が童貞だったからだ。

 そのほかにもいろいろあるが、結局童貞だったのが何もかもの原因なのである。

 童貞の何が悪いと、当時の僕だったらそれに対し顔を真っ赤にして反論するのだろう。でも、ここに性の匂いを感じ取れない童貞に駒子の思いなど理解できないんだろうなと、読み返すとつくづくと思うのだ。性愛の関係にあるからこそ、男女の仲が悲しみで満ち満ちることもある。性を理解できなければ、その悲しみに気づけっこないのだ。

 だが読み終えた後、当時の僕がこの作品を理解できなくてよかったなとも同時に感じるのだ。

 『雪国』は、美しいイメージや文章に溢れていて、行間から漂う悲しい雰囲気や、男女の心情の機微の切なさがしんしんと心に迫る作品だ。だからその雰囲気にだまされそうになるけれど、基本的に島村というのはろくでもない男なのだ。親の遺産で生活し、妻子持ちでありながらいい仲の女を抱くために、たまに温泉町に来る。そのくせ駒子に対して何のフォローもしない。本当に仕様もないやつだ。

 もちろん童貞であったとしても、島村がひどい男というのはわかっていた。だが作品を理解できなかった分、感情的な気分にはならなかった。しかし、当時の僕が今の理解力で『雪国』に触れたら、島村を許すことができただろうか。

 駒子は基本的にまっすぐな人だ。好いた男である島村に対して、彼女なりに献身的に、かいがいしく振る舞う様子は何度も描写される。それを島村は美しいと形容しながらも、「徒労」としか評していない。そんな感慨を抱くのは島村自身、駒子の思いに応える気がないからだろう。

 また駒子が温泉町で島村との仲が評判になっていると話した後、「ほんとうに人を好きになれるのは、もう女だけなんですから」と顔を赤くして言った。けれども島村は駒子の言葉の意味を察しながら話をはぐらかそうとしている。それは彼が、後ろめたく思いながらも駒子を捨てる気でいたからとしか読めないのだ。

 今の僕だったら、そんな島村をダメなやつだ、と冷めた目で眺めるだけだ。だが高校二年の僕は、そんな島村を許すことなどできなかったに違いない。そう、それは僕が童貞だったからだ。

 そしてそんな風に思ったであろう昔の自分を、僕はなつかしくふり返るのだ。大人になって、僕は『雪国』を理解できる程度に人の悲しみを感じ取れるようになった。しかしその悲しみに対して、本気で怒ることはもう今の僕にはできない。

 大人になるのは悪いもんではない。だが同時に大人であることは否応なくさびしいものだ。読後僕はそんな思いを抱いたのである。

(1971字)(39歳、男性)


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