第4回コンクール 優秀賞作品


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大道 希音「学校に行くこと」(ローズマリー・マカーニー『すごいね!みんなの通学路』)


 今年も九月一日がやって来た。
 その日は、私の誕生日。でも、悲しいことに、一年の中で子供の自殺の最も多い日だ。

 「学校に行きたくない」そう思い、悩み苦しむ子供達にとって、新学期のスタートは、辛い日々への再スタートだ。

 夏休みに書店に行った際、今年の小学生中学年の課題図書『すごいね!みんなの通学路』という本が目にとまった。
 その題名の通り、本当にすごいと思った。文字は少なく、写真が大部分を占めるこの本は、ページをめくるたびに、写真が意図するメッセージが心にズシリと伝わってきて「すごい。すごい。」と、叫びたくなるほどだった。

 子供達は、山を越え、崖を登り、川の中を歩き、二本渡しただけのワイヤーを手繰りで一 歩間違えば、命を落としかねない状況で川を渡る。どんなに遠く、危険な道のりでも子供達 は学校に通う。
 どうしてそこまでして学校に行きたいのか。写真の子供達は、なぜ皆、希望に満ちた生き生きした顔をしているのか。小学生には、難しいテーマなのかもしれないが、ただ、「日本のように、きれいで安全な道を歩いて学校に通えるってすごいことなんだ。自 分たちは恵まれているんだ。」「勉強することは大切なことだ、自分も頑張ろう。」ということだけで終わって欲しくない。

 文中に「学校に通えるということは、とても幸運なことです」という一文がある。

 私は高校生のとき、研修旅行で上海を訪れた。そこで多くの人に会い、気持が揺れ動いた。
 「ひゃくえん。ひゃくえん。」と、器を持って近づいてくる少年。言葉が通じない分、目で強く訴えるその少年と目が合い、その哀れみを乞うような眼差しが、痛く胸にささって悲 しくやるせない気持ちになった。
 研修旅行の終盤には、上海の高校生との交流の機会があった。彼らは、流暢な日本語を話し、勤勉でパソコンや英語を巧みに操り、将来は日本で働きたいと言っていた。
 最先端の教育と文化を享受できる学生がいる一方、学校にも行かず「ひゃくえん」という、その言葉だけを覚えさせられて物乞いする子供達。なぜ、同じ都市で生活していながらこの差が生じるのか……。中国の戸籍は、農村戸籍と都市戸籍に分けられていて、農村戸籍の者は、都市で働いても、基本的には生涯、農村戸籍のままで行政サービスを受けることもできず、その子供は、公立でも高額の費用のかかる学校に通うことはできないのだと、教えられた。

 学校が近くにあり、経済的負担もなく、安全な道を大人に見守られながら歩いて通うことのできる日本の子供達。学校に通いたくても通えない子供達からすれば本当に幸せなことだ。
 でも、そこは時として「死ぬほど辛い場所」になりうる。「すごい通学路」とは別の意味で命がけである。

 本の中の子供達は、どんなに過酷な状況でも皆笑顔で通学しているが、唯一フィリピンの ストリートチルドレンらしい女の子だけが、悲しそうな表情をしているのが印象的だった。
 学校はあるけど辛くて通えない子供、国の政策や経済的な問題で通えない子供、そして、 物理的問題や文化や慣習の問題で通えない子供。それぞれの事情は違っていても学校に通え ない子供達に共通して言えることは、彼らは皆笑顔を持たないということだ。この本は、世 界中の子供達が、どんな境遇に生まれようとも楽しく笑顔で学校に通えることを願っている ことが伝わってくる。

 普段の私はこんなことを考えたりしない。自分の生まれた日に、十八歳以下の子供が最も 多く自殺をすることを真剣に受け止めたこともない。そこから目をそらすことは簡単だけれど、この本がそれを知り、考える機会を与えてくれたことには、大きな意味があったように思う。
 大学生の私は、将来教師になりたいわけでも、教育や子供に関わる仕事や活動がしたいわ けでもない。でも、知ることは、考えることの原動力になる。

 今年の課題図書であるこの本を読んだ日本の小学生が、世界のこと、日本のことを考えてくれたらいいと思う。そしていつか、日本には辛い思いをしながら学校にくる子、学校に来れなくなった子がいることを知り、側にいて手を差しのべる人になってくれたらいいと思う。
 そして私も、社会の一員として、無関心でいるのではなく、自分のできることをしていきたいと思う。

 「学校は楽しいですか? 楽しいですよね」から始まるこの本の問いかけに、一人でも多くの子供が「楽しいです」と言えるような世界になることを、私は願っている。

(1796字)(20歳、女性)


 ●使用図書


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