第6回コンクール 優良賞作品


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まばたきちゃん「私のページをめくる物語」(市川拓司『恋愛寫眞―もうひとつの物語』 )


 私には2年間片思いしている人がいた。
 私の気持ちに彼が気付いているのかどうか分からないまま2年が過ぎた。細切れの恋愛をしてきた私にとってあまりにも長い時間だった。

 誠人と運命的な出会いをした静流は、生まれて初めての「世界で一番しあわせな片思い」をする。想いが通じなくても近くにいて同じ時を共有できることが静流にとっての世界一しあわせな片思いのようだ。
 誠人は誠人で恋愛経験に乏しく、叶わない恋をする達人である。彼は片思いとは何たるものかを心得、気持ちの折り合いの付け方や感情の片付け方をよく知っており、同時に、彼の中には愛されないことが当たり前であるという自意識が深く根付いていた。
 そんな誠人は人気者のみゆきに恋心を抱き、「静流→誠人→みゆき」という一方通行の矢印が完成する。

 私の好きな彼にも好きな人がいた。そして、彼も誠人と同様、自身を愛されない部類の人間だと思い込み、誠人同じように片思いをしては自分の気持ちを上手く片付けてきた人だ。
 そんな彼もまた人から想いを寄せられることは初めてに近いようで、片思いの達人である一方、片思いされることについては不慣れであった。彼のそういうところも分かってはいたが、私は自分の気持ちを相手にどうしても知って欲しくて、ある時、彼に好きだという気持ちを伝えた。好きな人に好きな人がいることなんて関係無かった。

 静流が誠人に告白した時、誠人の心の中にはみゆきという存在が一番上にいることを十分わかっていた。初めて「片思いをされる側」に立つ誠人の気持ちの隅々まで理解していた静流。静流の気持ちに応えられないのに、それでも静流と同じ時間を過ごすことに罪悪感を感じてしまう誠人。そんな誠人に対し「私はあなたといて楽しい。でもそれはあなたを苦しめているから」という理由を被り、「不誠実なのは自分である」と断言し、誠人が持つ静流への罪悪感を無いものとする。
 好きな人に好きな人がいること、それを承知の上で告白すること、見えている結果、そして片思いされる側に不慣れな相手が罪悪感を抱いてしまうこと、全て見通した上での静流の行動だった。私の目に浮かぶ彼女は、「自分の心を守ること」についてはとっくに諦めているのに「好きな人の心を守ること」は徹底している強い女の子だった。大切なのは自分よりも誠人の気持ちなのだ。罪悪感を持たせまいと自分そっちのけで好きな人の心を守り、彼の近くに居続けた。

 「世界一しあわせな片思い」なんてあるわけない。告白の返事さえ貰えなかった私は、そう思った。私の好きな彼は、返事もせず、彼の好きな人の話をよくするようになった。「好きな人がいる」その事実と言葉を彼の前にぶら下げ、その中に隠れ、それ以上は私に踏み込ませないようにした。好きな人の話をする彼は、「好きな人がいる」という言葉を虫除けのように使っている、何となくそう感じた。
 思えば彼はそういう人なのだ。ノーと言わず絶対に他人を否定しない。それは彼の優しさであり、残酷さであり、何より彼から私への答えだった。

 その後の私と彼の関係性は平行線のままだった。決して仲が悪くなったり距離ができたわけでもなく、続けようと思えば続けられる関係だった。しかし、あまりにも苦しい目の前の状況と彼から私は逃げ出してしまった。
 
私は静流のように「あなたを苦しめているのだから不誠実なのは自分」「だから一緒にいたい」と彼に言えなかった。私は、静流が彼女自身の心を守ることを諦めていたように、自分自身の心を守ることを諦められなかった。そして、彼の目の前から去る決意をした。気持ちがぶり返さないようにもう会わないという誓いを自分の中に立て、守り続けた。
 私には片思いをしあわせと思える心が備わっていなかったのだ。例え片思いでも、その人の側に居ることができるだけでしあわせであると感じられる心があるかどうか、それが静流と私との決定的な違いだった。

 その決意後、しばらくしてから出会ったのがこの本だ。「世界一しあわせな片思い」なんてあるわけないと思っていたが、読了後は静流を通して、私が守りたいのは私の心と自分自身だったのかもしれないと思った。
 私はこれから彼とどうありたいのか考えさせられた。答えなんて簡単には出ない。しかし、また会いたいという明確な気持ちがあることだけは認めなければならなかった。

 私の好きな彼は、誠人のように側に居させてくれる人か分からない。私は、静流のように心を削ってまで彼の近くに居られるかも分からない。現実は、物語以上に良くも悪くも複雑に絡み合っているのだ。
 しかし、そんな瞬間を超えてでもまた恋をしてしまう。
 静流から誠人への深い愛情は、誠人の心を動かし、みゆきを動かし、そして私の心をも動かした。「恋愛寫眞」をもう一度読もう。静流にもう一度会おう。止まっていた私の物語のページがまたひとつ進み出しそうだ。

(1987字)(女性)


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