第6回コンクール 特別賞作品


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竹泉維人「あなたしか綴れない」(朱野帰子『会社を綴る人』)


 「第二話 おじさんに読ませる文章なんてない」

 ドッヒャー。
 おじさんの一歩手前、いや10代20代から見ればおじさんの年齢に差し掛かっている私にはインパクトの強いタイトルである。
 流れるようにセクハラしてくる旧態依然の営業部のおじさん達と、仕事のできない同僚(主人公、30代独身、ほぼ職歴なし)の悪口を「どうしょもない私の会社を綴る」というブログに書く榮倉さん(20代女性)にしてみれば、きっとおじさんなんて自分の素晴らしい文章を読むに値しない存在にしか見えなかったのだろう。

 しかし、仕事のできない主人公紙屋は仕事を放棄して(仕事しろ)営業部のおじさんを観察した結果、おじさんも「文字は読むということ」を発見する。そして文章の力で、おじさんに本を読ませる事に成功する。
 この物語は仕事のできないアラサー男子が、唯一の取り柄である文章の力でどうにか会社でやっていこうとする物語である。

 ただ、彼は自分で文章を書くだけでなく、最上製粉の社員達に文章を書くよう度々勧める。
 紙屋は語る。「それぞれの専門分野を持って働く社員。彼らが不器用なりに心を込めて書いた文字によって会社は綴られている」と。

 最上製粉の社員達は、作中それぞれの言葉で会社を綴っている。その中でも特に、私がシビれた文章がある。終盤、「どうしょもない私の会社を綴る」のブログのコメント欄に、榮倉さんが散々けなしてきた同じ会社のおじさんが匿名で送ったメッセージだ。
 「ブログずっと見てましたよ。コメントするのは初めてだけど……頑張ろうな! 」
 「頑張ろうな!」 たった一言。尖った言葉でも何でもないどこにでもあるありふれた言葉。しかし、悪口を書かれていたのにそれを許すおじさんの度量の広さと、同じ会社の仲間としてこれからも頑張っていこうというメッセージがこめられた言葉である。
 このコメントを書いたおじさんは、おそらく営業部長代理である渡邉さんだろう。 榮倉さんに好意を寄せ可愛がってきたものの、会社が資本提携する事により榮倉さんが出向になるため別々の会社になってしまう。おまけにブログに悪口を書かれてしまうくらい嫌われている。それでも「頑張ろうな!」という言葉をかけてみせる。この言葉は、きっと渡邉さんにしか書けなかっただろう。

 傍から見れば「どうしょもない」おじさんにも、いやおじさんだからこそ持っている強さがある。資本提携により高卒から働いていた会社が大手同業他社の事実上の子会社になり、上からの命令に従うだけの「自分の頭で考えなくてもいい企業」になってしまう。その心中は複雑だろう。それでも養わなければならない家族と、返さなければならないローンを背負っているため引き続き最上製粉で働くと割り切れるのは、サラリーマンとして何度も気持ちに折り合いをつけながら働いてきたおじさんだからこその強さだ。終盤退職する紙屋が自費出版した社史を、「この道ウン十年のベテラン営業をなめんなよ。関東製粉の奴らにも売りさばいて、追加発注しなきゃいけないようにしてやるわ」と紙屋の代わりに代金を回収してやると宣言する所なんか最高にカッコイイ。紙屋と同様に仕事のできない社会不適合者である私にはない強さだ。紙屋もあのコメント以上に力強い言葉など思いつかない、と脱帽する。
 「書きたくないものを書かされるのはいやだ」という紙屋にこの言葉はきっと書けない。しかし、紙屋の書いた文章に影響を受けたから、渡邉さんはこの言葉を書けたのだ。

 その人にしか書けない言葉がある。
 文章を愛する紙屋にしか、実は会社の事が大好きだった榮倉さんにしか、営業マンとして「どうでもいい相手なら息を吐くように褒められる」ようになったけれど榮倉さんを直接褒める事ができないと悩んでいた渡邉さんにしか、管理部門で会社の数字に向き合って来た栗丸さんにしか、28年前の工場焼失の事故を目撃した角谷さんにしか、品質保証部で地道に安全を守っている大山さんにしか、先代の急死により32歳で社長に就任したものの自信がなかった輝一郎にしか書けない言葉があった。それがそれぞれお互いに影響を与え、その人にしか綴れない文章が生まれていく様を読むのは感無量だった。

 私も書く事が好きな人間である。書く事がこれまでの人生を支えてきたと言っても過言ではない。
 だが同時に、私も紙屋と同様に読む事も好きな人間である。だからこの大人の読書感想文コンクールの作品も楽しく読ませてもらっている。
 
自信がなくたっていい。上手い文章でなくてもいい。あなたにしか綴れない言葉がきっとある。あなたが綴った文章が誰かの人生を動かす事だってきっとある。
 「書きたい」と思った時、人は書くべきだ。 あなたにしか綴れない文章を、私は読んでみたい。

(1933字)(男性)


 ●使用図書


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