第7回コンクール 優秀賞作品


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竹泉維人「作品には作者の人生が表れる」(白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』 )


 ライトノベル。それは表紙にイラストが描かれた挿絵の入ったマンガに近い小説である。
 そんなもので読書感想文を書くな、ラノベなんて邪道だという人もいるだろう。しかしこの作品を読めば、きっとあなたもこう思う。「熱い」と。

 けれども今回の書くのは本編でなく、「あとがき」についてだ。

 著者・白鳥士郎は『りゅうおうのおしごと!』の前作、『のうりん』という農業高校ラブコメ作品でも著名なライトノベル作家である。
 作者の祖父は、母子家庭で育った作者にとって父親のような存在だった。そして、 その祖父との関係にヒビが入ったのは、作者がライトノベルを書いた事だった。
 ライトノベル作家という職業を認めなかった祖父に、作者は「家を出ろ」と追い出された。

 その3年後、祖父が亡くなった事を知らされ、実家に戻った作者が見たのは驚きの光景だった。
 付箋がびっしり貼られた『のうりん』の2巻、丁寧に額に入れられ何枚も飾られたアニメのポスター、『のうりん』の舞台となった美濃加茂市でしか販売していないコラボグッズのお菓子。漫画版もDVDもブルーレイも全巻揃って、大切に並べられていた。
 それはライトノベルに理解を示していなかったはずの作者の祖父が、陰ながら作者の事を応援していた証だった。
 
泣き続ける作者に、親族は祖父が作者の事を自慢していた事を告げた。
 作者は祖父の棺に発売前の『りゅうおうのおしごと!』の1巻の原稿を入れて、一緒に焼いてもらった。

 病気を抱えながらも女手ひとつで作者を育ててくれた作者の母が亡くなったのは、その翌年の事だった。
 作者は本作の節目である竜王防衛戦の5巻の原稿に手がつかなくなった。
 作者は悩んでいた。ライトノベルなんて書いてていいのかと。就職し家庭を持ち孫の顔を見せられる人生を歩んでいた方が母にとってよかったのではないかと。

 その迷いを晴らしたのは、作者と同じように58歳の母親を亡くした深浦康市九段の、B級1組に昇格した時のコメントだった。
 「自分には将棋しかない」「将棋で恩返しするしかない」「残された者が、頑張るしかない」
 母を亡くした後すぐの順位戦で深浦が勝利していた事を知った作者は、通夜の最中、母親の亡骸の隣で原稿を書き続けた。
 そして、書き上げてプリントアウトした5巻の原稿の束を「母と一緒に焼いてほしい」「あの世で母にこの原稿を読んでほしい」と棺に入れた。
 その一心で、私は立ち直ることができたと作者は語る。絶望の淵から自らをすくい上げてくれた深浦の将棋のように、自分の作品が誰かの人生をすくい上げるものになるよう書いているとも。

 「母の事」が書かれた7巻のあとがきを読んでから5巻を読み返すと、印象が変わった言葉がある。
 「自分が否定されるのは耐えられる。だけど。自分を支えてくれる人のことは否定されたくない。俺のことを、こんなダメな俺のことを信じてくれている人の気持ちは裏切りたくない。だったら自分が頑張るしかない。」
 最強の挑戦者「名人」に3連敗を喫し、一度は大切な人達を傷つけ遠ざけてしまったものの、その人達のおかげで立ち直った主人公・八一の言葉は、作者自身の自分を応援してくれていた祖父・育ててくれた母に胸を張れる、誰に読まれても恥ずかしくないものを書こうという決心の言葉だった。

 『りゅうおうのおしごと!』を、「これが書きたい!」と心の底から思って書いた作品であり、そして度々自分がなぜ物語を書いているか、どうして生きているかという事を問い直すために書いていると作者は語る。
 「小手先のテクニックではなく、剥き出しの魂をぶつけることで、読む人の心を揺らしたい」
 だからこそこんなにも、本作は熱い作品なのだ。

 私はこれまで、本を読んでも「作者」について考えた事はなかった。
 けれども本作を読んで変わった。この本はどういう思いで書かれたのだろう、ここはどういう気持ちで書いたのだろうと考えるようになった。
 そしてある思いが灯った。
 「私も誰かの心を熱くする、そんな文章を書きたい」と。

 それから私は小説や広告コピーなど、文章に関する公募に応募するようになった。
 そのほとんどは、残念ながら敗北に終わっている。雑誌やHPの結果発表に自分の名前がない事に落ち込みそうになる。
 けれどもそんな時は、本作を手に取って熱い気持ちを思い出すようにしている。何度打ちのめされても立ち上がる登場人物達や、作者の姿に勇気を貰いながら。

 祖父の死・母の死について書かれた6巻、7巻に続く8巻のあとがきでは、作者が結婚した書店員の女性との馴れ初めが描かれている。そして、twitterでは本作がきっかけで知り合い、結ばれた相手との間に生まれた我が子の事を度々上げている。
 孤独と絶望の淵にいても、信じて戦い続けていれば希望へと辿り着ける。作者はそれを、身をもって証明してくれた。

 さあ、次は私の番だ。

(1969字)(男性)


 ●使用図書


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