第6回コンクール 優秀賞作品


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竹泉維人「大人が読書感想文を書く意味、とは」(湯本香樹実『夏の庭―The Friends』 )


 読書感想文が苦手だ。
 どう書いていいか分からなかったし、どう書くのか教わってこなかった。
 なので私は小学生の頃、原稿用紙に作品のあらすじを最後まで延々と書き続け、肝心の感想を書かない困った子どもになっていた。
 ただのネタバレである。その本を読もうと考えていた先生がいたら、迷惑極まりなかっただろう。
 しかし、歴代の担任は優しい先生ばかりだった。彼らは「よく15枚も書けたね!」と褒めてくれた。ゆとりか。
 そんな事より読書感想文の書き方を教えて欲しかった。

 中学に入っても私は延々と読書感想文という名のネタバレを書き続ける問題児だった。
 国語教師は私の本の選び方が悪いと思ったのか、上下巻合わせて広辞苑以上の分厚さのある超大作海賊物語を薦めてきた。
 なるほど広辞苑1冊分以上のネタバレなど書けるはずはない。それを計算に入れての国語教師の頭脳プレーだったのだろうか。
 そんな事より読書感想文の書き方を教えて欲しかった。
 ちなみに、あまり面白くなかったので、その本で読書感想文を書く事はしなかった。

 高校に入った私はみょうちきりんな読書感想文を書く問題児だった。
 そんな私に一大イベントが起こる。 2年生の時の事である。国語教師が図書委員会で我が校初の読書会を開催すると言い出し、何を血迷ったのか私をその実行委員長に指名した。そして、その第1回読書会の課題図書となったのが『夏の庭』である。
 そんな事より読書感想文の書き方を教えて欲しかった。

 さあ、ここから読書感想文を書こう。もうあらすじを延々と書く愚は犯さない。私も大人になったのだ。フフフ。

 まず印象に残ったシーンはこの小説のクライマックス、息を引き取ったおじいさんを木山達が見つける場面・・・ではない。木山達とおじいさんが交わってからの日常のシーン達だ。
 蚊を叩きながらおじいさんの庭の草取りをする3人、切れ味の悪くなった包丁を砥石で研ぐ山下、奇声を上げながらカンフーのようなポーズを取る河辺、不器用な手つきで梨を剥く木山、そしていびつな形になったその梨をうまそうに食べるおじいさん。そうした何気ないシーンが私の印象に残っている。
 なぜだろう。それはきっと、この作品のみずみずしさが印象的だからだ。
 夏の日差し、ホースで撒いた水のしぶき、甘く大きく育ったスイカの熟れた断面、夜空に咲く花火とジュージュー焼けるお好み焼き。もう戻れない子供の頃のみずみずしい日々。それを読んでいる最中に思い出していたからかもしれない。

 数年前、大学時代の恩師が亡くなった。
 闘病生活の末小さくなってしまったご尊顔を拝見した時には泣きたくなるほど悲しかったが、不思議と思い出したのは生前の先生の事だった。
 ソフトボール大会にスーツ姿でちょっとだけ見学に現れ、落合博満ばりの構えからライト前に渋いヒットを放つ先生。飲み会で最初の注文を何にするかと聞かれ「ビール!」と楽しそうに手を上げる先生。「寒い寒い」と愚痴りながらも研究室の学生たちと一緒に楽しそうにお花見をする先生。
 「た~け~い~ず~み、授業の記憶はないのか~」と叱られてしまいそうだがそんな姿を思い出していた。
 なぜだろう。その答えはきっと、先生との何気ない日常が私にとって幸せだったからだ。木山達もおじいさんとの日々をそう感じていただろう。3人が大人になったらおじいさんとの思い出をほとんど忘れるかもしれない。けれどもきっと、何かの折にふと思い出すのだろう。久しぶりにこの本を手に取って、昔の事を思い出した私のように。

 なお、読書会はグッダグダだった。
 そもそも普段無口で協調性もない私を実行委員長に選んだのが間違いだ。盛り上がらないまま進み、予定時刻より早く終わり、ただお茶とお菓子をつまむだけの会になり果てた。この本を課題図書に選んだ当時好きだった副実行委員長の女の子はどう思ったのだろう。終わった後、私は図書委員会の国語教師に怒られた。
 そんな事より読書感想文の書き方を教えて欲しかった。
 ただ、その後書いたレポートだけは褒められた。
 そして、私が最初に開催した読書会は、今でもずっと母校で続いている。あのレポートが活かされているかどうかは不明だが。

 私はこの本を「かつて読んだことがある大人」におススメしたい。
 世の中出版不況だというが、新しい本が次々出てくる。そしてその質は、何だか年々総体的に落ちてきているような気がする。
 正直おなかいっぱい、胃もたれ気味だ。
 だから一度立ち止まって。 昔読んだ本を「そういえばこんな話だった」「あったなあ、プレパラート」とじっくり読む体験も必要なのだ。
 1度読んだことのある本を久しぶりに読むと新鮮な発見がある。昔の事も思い出す。それを読書感想文という形にしてみれば、じっくり自分と向き合える。それはきっと大人の読書、読書感想文の醍醐味の1つなのだ。

 さあ、おじいさんと木山達にもう一度会いに行こう。

(1983字)(男性)


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