藤田幸生「夏休みの挑戦! 〜息子と共にはじめての読書感想〜」(パトリック・スキーン・キャトリング他『チョコレートタッチ』)
私は読書が嫌いだ。文章を書く事も心の底から大嫌いである。これまで読書感想文を書いたことが無い。そればかりか一冊も本を読み切った事が無い。
そんな私が読書感想文を書く事を決めたのは、小学三年生の息子が、私と同じように本嫌いになって欲しくない、そして、苦手な国語を克服して欲しいという強い想いからである。
こうして、夏休みの二人の挑戦は始まった。
挑戦する本は「チョコレートタッチ」に決めた。息子と本屋へ行った際、課題図書の中で唯一売れ残っていたからだ。水色の表紙と、キャッチーなタイトルが気に入った為、他の本屋を回る事はせず即決した。本を読んだ事のない我々にとって、何でも良かったと言うのが本音だ。
この物語の主人公は良い家庭環境と友達に囲まれ、健やかに育ったジョンという少年である。ジョンは学業や交友関係には問題が無い一方で、自分の事ばかり考える、自己中な一面があった。
ある日、両親の目を盗んで不思議な店でチョコレートを買い、隠れて食べた事から物語は始まる。ジョンはチョコレートを食べたとたん、口に触れるもの全てがチョコレートに変わる「チョコレートタッチ」という魔法に掛かってしまう。これにより学校や友人の誕生日会でトラブルが続く。そして、意気消沈して家に帰り、母にキスをした事で母はチョコレートに変わった。母を元に戻す為に不思議な店に戻り、店主に尋ねると、母を元に戻すか、一生魔法が解けないかの二択を強いられ、初めて自分以外の人の事を考え、成長するという物語だ。
本は息子と一緒に読んだ。お互い集中力が無い事もあり、読み切るには六日程度かかった。
物語の中盤までは学校で起こったトラブルが淡々と書かれており、正直退屈だった。しかし、息子は時折笑いながら物語に入り込んでいて、自身が同じ歳の頃はもっと楽しめたのかな? と考えながら読み進めていった。
そして、物語の終盤で展開が変わった。自己中なジョンが母と自分の人生を天秤に掛ける場面で、この本が、この本を読む少年少女たちに伝えたいメッセージを察したと同時に、私自身はジョンと息子を重ねながら読んでいる事に気がついた。
息子は私にとって自慢だ。内向的だが天真爛漫で素直な子だと思う。一方でジョンと同じように少々せこい一面もある。しかし、私は息子に対し、この物語を読んで、人の事を考えられる人間になりなさい、 と言うつもりは無い。初めて読んだ本の感想他人の意見で書き換えるのでは無く、自分が感じた事を心に留めて大人になっても思い出として残しておいて欲しいからだ。
私は小学生の頃、乙武洋匡さんの『五体不満足』という本を読んだ。半分ちょっとしか読めなかったが、この本からは障がいに向き合って生きている人達の考えや生き方を知る事ができ、現在の対人関係の構築に活かせている。小学生の頃はただ面白い本としか思わなかったが、歳を取るにつれてこの本を通して乙武さんが伝えたかった事を少しずつ理解していった。
この経験から、やはり息子にはチョコレートタッチが伝えたいメッセージはあえて知らせず、今後成長する中で少しずつ理解して欲しいと願っている。
今、この文章を書いている横で息子も読書感想文を書き始めている。一日で書いてみせると豪語しているが一行目から鉛筆が止まっている。私は子どもの頃、読書感想文に挑戦したが原稿用紙を一枚半しか埋める事が出来ず諦めた経験がある。そんな私だから今の息子の苦労はよく分かる。だから、最後まで書き終えたらしっかり褒めてあげたいと思う。
今回初めて読書感想文を書き、これまで本を読んでこなかったせいか、文章が上手く書けない事を痛感すると同時に、息子には、これをきっかけに本が好きになり、沢山の本を読んで欲しいと切に思う。
また、この文章を読み返して、物語の感想では無く、本を読んだ事に対しての感想ばかりになっている事に気付く。たぶん、それは私にとって、息子と一緒に本嫌いに向き合い、読書感想文に挑戦出来ている事が、かけがえの無い経験であり、父親として少し誇らしい事だからだと思う。
そして、今も隣で鉛筆を持って原稿用紙に立ち向かっている息子の傍でこう思う。「これからも一緒に本を読もうぞ!」
(1,711字)(34歳、男性、山口県)
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