第9回コンクール優良賞作品


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りかちゃん「かみゆの生き方」(カミュ『異邦人』)


 今年に入って世界中は新型コロナウイルス一色だった。

 本当なら私はヨーロッパ旅行に行く予定だったんだ。自分の人生を変えてしまうような出逢いを夢見て、初めて一人で海外に飛び立つことを決めていた。不安と期待でいっぱいで、それはもう旅行が待ち遠しかった。

 そんな旅行は敢え無く中止となり、新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う緊急事態宣言を受けて、仕事も在宅ワークに切り替わった。
 海外どころか家の外にも出られないというのだから、退屈で仕方がなかった。料理やお菓子作り、DVD鑑賞、パズル、色んなことをした。

 そして、私はクローゼットの奥に眠っていた一冊の本を取り出した。
 人間の不条理を追求したカミュの代表作だ。自分の名前の由来となったカミュの本を読んでおこうと思い、学生時代に本を買って読んでみたのだが、当時の自分にはとても難しくて読み切れなかった。というよりも、ずっと代わり映えしない主人公ムルソーという男に、どこか飽きを感じてしまっていたのだと思う。
 しかし、今回本を手にしたときは驚くほどすらすら読めた。普段のせわしい日常からかけ離れた私の「おうちじかん」は、ムルソーに流れるゆったりとした時間と重なったのだろう。

 私はこの本を読んで、これほど人間が生きる上での究極の不条理を考えさせられたことがない。正しくは、これまでは考えることすら罪と思えた。

 物語は、ムルソーという一人の異端児にみる人間の不条理を描いたものだ。

 始まりはムルソーの母の死からなる。世間の人と同じように母を愛していたムルソーだが、彼の目に涙は浮かばなかった。
 彼にとって、母の死は感動というものを示さないものだったのだ。それは埋葬の翌日に海水浴で女と関係を結び、映画館で面白い映画を観るほどであった。

 そんな彼だが、後に友人の女性関係のトラブルに関わり人を銃殺してしまう。太陽がひどく照りつく海岸での出来事だった。
 動機は「太陽が眩しかったから」、ただそれだけだ。太陽が彼の判断を鈍らせたのだ。

 母の埋葬に際して涙を流さず、人殺しをしてそんな意味不明なことをいうのだから、彼の味方をする者など誰もいなかった。彼は死刑を言い渡される。
 けれども彼は、死刑を目の前にしても自分が幸せだということを悟り、大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望んだ。

 ムルソーの一生というのは、一見少し引いてしまうだろうし、非常識で理不尽といえばその通りだとも思う。
 しかし、ここで人の命を奪ったことの是非について述べる気はないが、私はこの歳になって、人を殺してしまった理由が「太陽が眩しかったから」だということに正直頷けた。
 彼に
銃の引き金を引かせたものが、本質的に「太陽」だということに何の不思議もないと感じたからであるし、そこに正しさというものは存在しないということを知っていた。

 勘違いしないでおきたいのが、彼は極悪人ではないということだ。
 「ただ私が罪人だということをひとから教えられただけだ」とムルソー自身も本の中でこう言うのであるが、正しくたまたまムルソーはこの世界では罪人となっただけなのである。彼は誰に対しても平等に優しく、そこに見返りなどは求めていない。彼はただ人間らしく本音で生きた。

 私たちは法律や宗教、習慣などにより、つまり社会の中で生きていれば、「母の死というものは悲しい」という常識を持つに至る。
 だがそれは多数派の価値観に過ぎないのではないだろうか。
 「なぜ母の死を悲しまないのか」と聞かれてもわからない。ムルソーという一人の人間にとっては当たり前のことであり、それをおかしいと思うのはただの意見であって、まして否定することに何の意味もない。

 「母を愛していたが、その死に感動を示さない」、「太陽のせいで人を殺してしまった」、「死刑判決を受けても自分が幸せだということを悟った」という社会倫理的に脈絡のないムルソーの言動から、私は人間の不条理を教えられた。
 そしてそこから、「母の死は必ず悲しまなくてはいけないのか」とか、「人を殺してしまった理由が“太陽”だということはあり得ないのか」とか、「自分の死は怯えるほどの恐怖なのか」という人間の本音を考えさせられた。

 しかし実際のところは、本音では生きづらい。
 私たちは法律やモラルに基づき、安全な地位を得るためにしばしば偽る。それは流れるように一瞬のできごとだ。
 けれども、先に述べたように、考えることすら罪ということではない。むしろ考えることこそが大切だった。多数派の常識という枠を外れ、たとえ「異邦人」として周りから忌み嫌われるとしても、考えることをやめては終わりなのである。

 さいごに明るい話として、考える以前に正しい道を歩むのではなく、自分の本音というものを探るのも決して悪いことではない。
 そうすることは自分の夢を切り開くきっかけにもなるだろう。

(1,972字)(25歳、女性、愛知県)


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