第9回コンクール優良賞作品


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むらたむら「つらぬく思い出」(トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』)


 ホリーのような生き方に憧れる。
 最初に『ティファニーで朝食を』を読んだとき、そう思った。
 男たちを手玉に取り飄々と生きながらも、自分を貫き通すためには家族の優しさや社会的な成功といった幸福さえ捨ててしまう。そういったある種の強さ、浮世離れした美しさに強く惹かれたからだった。
 「いつの日か目覚めてティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままでいたいの」 そうホリーはきっぱりと言い切る。

 だが、自分を貫き通すことは難しい。社会に従って暮らすうち、いつの間にかエゴは削られ、自分の輪郭が曖昧になっていく。
 私もいつの間にか多くのものに慣れてしまった。自分のアイデンティティだと思っていることは、エゴから生じたものではなく、きっと社会から押し付けられたテンプレートの一つなのだろう。彼女の生き様が、そういう残酷な考えを私につきつけてくる。
 「何にでも慣れたりはしない。そんなのって、死んだも同然じゃない」

 本を閉じ、目を閉じる。
 「私は誰だ」 そう自分に向かって問いかける。
 ホリーのように生きたい、そう思って軽々しく問うただけなのに、その問いだけが自分の中で反響して大きくなり、しばらく私を苦しめ続けた。

 私はその問いに対するヒントを得たくてもう一度、『ティファニーで朝食を』を開いた。
 だが、その本はヒントを与えるどころか、彼女の生き方の胸を締め付けるような苦しさを、まざまざと見せつけるだけだった。

 彼女は家族を捨てる。
 彼女は街を捨てる。
 彼女は猫を捨てる。

 彼女は自分を貫き通すために、いろいろなものを捨てた。
 そして「ホリー・ゴライトリー、旅行中」と書かれた札を首から下げ、彷徨い続ける。自分が自分らしくいられる場所を探して。

 だが、彷徨い続けた果てにそんな場所は待っていない。
 彼女も間違いなくそのことに気づいている。彼女は悲しいくらい美しい声でこう語りかける。
 「空を見上げている方が空の上で暮らすよりはずっといいのよ。空なんてただからっぽで、だだっ広いだけ。そこには雷鳴が轟き、物事が消え失せていく場所なの」

 結局、気づかぬうちに自分の一部が切り取られ、捨ててきたものにそれが取り残されているのだ。
 だが、自分の居場所を捨てるまでそのことに気がつかない。これまで自分が切り捨ててきたものが、実は自分の大切な構成要素の一つだったことにも。
 「私は怖くて仕方ないのよ。ついにこんなことになってしまった。いつまでたっても同じことの繰り返し。終わることのない繰り返し。何かを捨てちまってから、それが自分にとってなくてはならないものだったとわかるんだ。」
 かすかに残った彼女から振り絞るように出された悲痛な言葉が、「自分」を求めて彷徨い出した私の心を優しく抱きしめ、連れ戻す。

 ホリーはこれからも自分を削りながら、自分らしくいられる場所を探して旅し続けるのだろうか。彼女に漂う寂しさが私を途方に暮れさせる、はずだった。
 だが、実際は違った。彼女はリオ行きの飛行機に乗っても、きっともう自分の居場所を見つけているのだろう、という思いが私に去来したのだ。「聖クリストファロスのメダル」という単語とともに。
 私は読了後、見知らぬ土地で目を瞑り、メダルを握りしめているホリーの姿がまぶたの裏に浮かんだ。同じく止まり木を知らず、それを見つけようと翼をはためかせていた小説家の卵の主人公。彼との思い出が「聖クリストファロスのメダル」を通して、彼女の居場所になっているのだ。
 そこで私は思い出す。自分が引き裂かれるような思いをした時はいつも、思い出が私を繋ぎ止めてくれたことを。

 ホリーのような生き方に触れると、自分が貫き通したいものはなんなのかを容赦なく考えさせられる。
 だが、ホリーの「あなたがくれた聖クリストフォロスのメダルを見つけておいて。旅行にはそれが必要だから」という言葉で、ハッと気づかされるのだ。どこで彷徨っていても思い出だけは変わらず、私を支え続けてくれることを。これまで歩んできた足跡によって私が形作られていることを。

 私は優しく抱き寄せてくれた彼女の言葉に感謝し、別れを告げる。そしてこれまで歩んできた道のりを一つ一つ踏みしめながら辿り直す。道端に無造作に転がった思い出たちを拾い集めながら。
 私は過去とともに歩いていく。それがきっと自分を貫き通すことになるだろうから。

(1,763字)(21歳、男性、東京都)


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